2011年3月20日日曜日

「教会を再イメージする」その2



 新約の教会には「教会に行く」「church service 礼拝という儀式に行く」

というコンセプトがなかったという。教会が始め生み出されるための

「伝道集会」というものは確かにあったが、教会の通常の集まりは

「信徒」の集まりであり、プロフェッショナルによる説教を中心とした

礼拝儀式ではなかったという。初代教会を特徴づけるしるしは、

「お互いに」(新約では60回以上使われている言葉)というコンセプト

であった。神の言葉を語ることに関しても、例えばパウロは「あなたがた

はみなが、かわるがわる預言できるのであって。。。」(Iコリ14:31)

と言っている。預言だけでなく、様々な霊的賜物が「自由」に教会の徳を

高めるため使われるべきと薦められている。コリントの教会の集まりに

おける混乱があったこと自体が、当時の教会が人間のプログラムによって

統制されていなかったことの証拠でもある。(そして、神は秩序の神で

あるとパウロは言い、人間の権威やプログラムではなく、神が聖霊に

よって秩序をもって、導くことを示唆している。)ともあれ、この

「お互いに」コンセプトが信徒の成長に大きく貢献するとバイオラは

考えている。


しかし、それに反して多くの典型的な制度的教会では信徒を「成長」

させる手段は牧師や教会学校の先生によって学問的に準備され、一方的に

語られるメッセージだけに限られてしまっており、結果、人生の変革を

見ることが少ないことを指摘している。最後にバイオラが指摘する、

教会が健全に機能しているときに見られる要素を紹介しよう。



 - Interdependence instead of independence
  (孤立ではなく、健全な相互依存「お互いに」教会)

  - Wholeness instead of fragmentation
  (断片的であるより、全体的、包括的)

  - participation instead of spectatorship
  (お客さんでなく、全員参加型)

  - connectedness instead of isolation
  (孤独でなく、結び合うこと)

  - solidarity instead of individualism
  (個人主義でなく、団結、連帯)

  - spontaneity instead of institutionalization
  (ガチガチの制度ではなく、聖霊による自由さ、柔軟さがある)

  - relationship instead of programs.
  (プログラムより人間関係)

 - servitude instead of dominance
  (支配でなく、仕える態度)

 - enrichment instead of insecurity
  (権威や恐れによる押さえつけでなく、個人を解放し、豊かにする)

 - freedom instead of bondage
  (縛り付けることより自由さ)

 - community instead of corporation
  (組織というよりコミュニティ)

- bonding instead of detachment.
(バラバラでなく、絆があること)
------------

コメントお待ちしております。asktmc@gmail.com (栗原)まで、
TMCでは毎月土曜日に赤坂で、定例会を持っています。東京
を変革してゆくために、失われた魂にどのように届いてゆけるか、
どのようにキリストの体であるクリスチャンコミュニティを
形成していったらいいのかについて話し合う「場」を持っています。
ご関心のある方はメールください。ご案内をお送りします。


0 件のコメント: