顔と顔を合わせる交わり
「説教が無いと、正しい教理や聖書解釈を学べないのでは?」と質問が出そうです。それこそ、現代はインターネット上にリソースは沢山あります。使えるツールは使いましょう。しかし、「顔を合わせる」エクレシアは取り替え不能であり、必要不可欠なものであることをしっかり心に留めましょう。
教会は小さいほうがいい?
私が多くを学んだ、ホープチャペルのラルフ・モア牧師は「教会は小さいほうがいい」「小さい教会を沢山つくったほうがいい」と言います。人間、至近距離の交わりができるのは少人数です。「深く」行くためには少人数のほうがいいのです。私達のエクレシアでも週によって全員が来られないことがあります。でも、かえって3名くらいの時のほうが深く突っ込んだ話ができ充実した時が持てたりします。だから人数を沢山集めることには関心がありません。むしろ、小さいエクレシアを都内に沢山つくりたいのです。また、そうすることでリーダーも沢山育ちます。分かち合い方式のバイブルスタディをすれば、専門家がいなくてもできます。ラルフ・モア牧師は日曜説教は30%、週日に信徒が行う「ミニチャーチ」が教会のやっている伝道牧会の70%であるべきだと言っています。どうも多くの教会では日曜説教が90%くらいの割合なのではないでしょうか。何とかこれを逆転できないでしょうか?「日曜クリスチャン」から「週日クリスチャンへ」です。教会内での活動が多くて、地域コミュニティとの接点が無い。これも逆転できないでしょうか?教会(エクレシア)は小さく、ミニストリー(神の国をこの世で広める活動)は大きく。
霊的成長はスモールグループを通して起る
厳密に言うと日曜礼拝という「プログラム」とイエスを中心とした少人数での「交じわり」、すなわちエクレシアとは違います。極端な話、大教会の日曜礼拝に出ているけれど、エクレシアの体験が無いということもあり得ます。それだと実はあまり意味がないし、霊的成長は期待できません。大宣教命令はあくまでも「弟子つくり」命令なのであって、チャーチプランティング命令ではありません。今までの海外からの弟子訓練プログラムは一対一のものが多いですが、日本ではコミュニティの中で弟子訓練するほうが効果的なようです。また、教材中心より人間関係中心(メンタリングスタイル)が効果的です。イエス様は12弟子と生活を共にする中で弟子訓練しました。弟子訓練とは教室でやるものでなく、人とのかかわりの中で行われることなのです。人を愛すること、人に仕えることを体験することなしに、弟子訓練はあり得ないし、霊的成長も無いのです。小グループの至近距離で祈りの答えを体験することで神様への信頼を深めることができます。また、小グループに参加したノンクリスチャンに自分の救いの証を語ることで信仰が強められていきます。日曜日のメッセージを聞くだけでは、知識は増えても、必ずしも信仰が成長するとは言えません。
正直な交わりは等身大
宗教法人上の教会組織は地上にいる限り、とりあえず必要な型なのかも知れませんが、それイコール霊的エクレシアではありません。別物と考えた方がいいでしょう。エクレシアはあくまで「人々」のことであり、組織や建物ではありません。便宜上、集まれるホールは必要かも知れませんが、教会の本質は「人々」の交わりなのです。あなたにとってどこが「家族」と思える場所ですか?それがあなたのエクレシアです。
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意味ある人間関係と祈りで広がるエクレシア
Tokyo Metro Community (TMC)
japantmc@gmail.com
(栗原)
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