2021年2月18日木曜日

地球外知的生命体はある!?


人間以外の知的創造物

ついにキワモノテーマか!?と訝る人もいるかも知れませんが・・・、いつものように真面目な聖書の話です。

 

聖書を信じる人なら天使や堕天使(サタン、悪霊)の存在を信じているでしょう。イエスは公のミニストリーに入る前に荒野でサタンの誘惑に会ったことは周知の通りです。この時、イエスはサタンと会話しています。(マタイ4:1−11)また、ゲラサの地で墓場にいた悪霊に憑かれた人たちの「悪霊追い出し」をしました。ここでも悪霊たちと会話しています。(マタイ8:28−32)このようにイエスご自身、サタンや悪霊に対峙したのです。それらはリアルな存在として描かれています。

 

また、処女マリアは受胎告知をした天使ガブリエルと会話をしています(ルカ1:34)。また、夜番をしていた羊飼いたちも御使とおびただしい数の天の軍勢を見ています。(ルカ2:13)これで分かるように天使、堕天使(サタン、悪霊)は「存在」します。そして彼らは「知的生命体」です。人間と会話したり賛美したりできるからです。彼らはこの地上で誕生したのでしょうか?いいえ、御使たちは天で創造主によって創造され、基本的に天を住まいとしています。したがって、彼らは「地球外知的生命体」です。

 

 

天使はキューピットではない

御使は旧約で108回、新約で165回記されています。先ほどの羊飼いに現れた天の軍勢は「おびただしい数」とあります。また、ヘブル12:22では「無数の御使」とあります。相当な数の御使が存在するということです。もし、地球上の一人一人に「守護天使」が付いているとすれば、少なくも80億近い天使がいるわけです。死んだ人の魂を運ぶのも天使の仕事のようです。(ルカ16:22)毎日、何千万人という人が死んでいるでしょうから、天使も忙しいでしょうね。

 

さて、天使=御使と聞くと多分、多くの方はキューピットのような可愛いイメージを抱かれるかも知れません。受胎告知をしたガブリエルは人間の姿で来られたようです。「入ってくると」(ルカ1:28)という表現を見る限り、ドアから入ってきたのでしょう。また、マリアが驚いて戸惑ったのはガブリエルのメッセージであり、ガブリエルの姿に驚いた訳ではないようです。アブラハムを訪れた3人(2人の御使と受肉前のイエス)は旅人として来られたので、別段その姿に驚いた様子はありません。地上ではこのように全く「人間」の姿で現れることがあります。


しかし、天にいる御使は違います。最上位の御使と言われる「ケルビム」(単数形はケルブ
はどんな姿をしているのでしょうか? 以下はエゼキエルが見たケルビムの姿です。

 

その中に生きもののようなものが四つ現れ、その姿は次のようであった。彼らは人間のような姿をしていたが、それぞれ四つの顔と四つの翼を持っていた。その足はまっすぐで、足の裏は子牛の足の裏のようであり、磨かれた青銅のようにきらめいていた。 その翼の下から人間の手が四方に出ていた。また、その四つの生きものの顔と翼は次のようであった。彼らの翼は互いに触れ合っていて、進むときには向きを変えず、それぞれ正面に向かってまっすぐに進んだ。彼らの顔かたちは人間の顔で、四つとも右側には獅子の顔、四つとも左側には牛の顔、さらに四つとも鷲の顔を持っていた。これが彼らの顔であった。彼らの翼は上方に広げられ、それぞれ、二つは互いに触れ合っていて、もう二つはそれぞれのからだをおおっていた。(エゼキエル1:5−11)




 とても可愛いとは言えません。むしろ、ちょっとグロテスクですね。動き方もユニークです。

 

彼らはそれぞれ前を向いてまっすぐに進んだ。霊が進ませるところに彼らは進み、進むときには向きを変えなかった。それらの生きものの姿は燃える炭火のようであり、たいまつのように見えた。火がそれらの生きものの間を行き来していた。火には輝きがあり、その火から稲妻が出ていた。それらの生きものは、閃光のように出たり入ったりしていた。

                (エゼキエル1:12—13)

 

出たり入ったりとは天と地を行き来するとういことでしょうか。さらには、UFOじゃないかと思わせる不思議なリングが同行しています。

 

私がその生きものを見ていると、それら四つの顔の生きもののそばには、地の上にそれぞれ輪が一つずつあった。それらの輪の形と作りは、輝く緑柱石のようで、四つともよく似ていた。それらの形と作りは、ちょうど、輪の中に輪があるようであった。  それらは四方のどの方向にも進み、進むときには向きを変えなかった。その輪の周りの縁は高さがあって恐ろしく、四つの輪の周りの縁は一面、目で満ちていた。生きものが進むときには輪もそのそばを進み、生きものが地上から上がるときには輪も上がった。これらは霊が進もうとするところに進み、輪もまたそれらとともに上がった。生きものの霊が輪の中にあったからである。生きものが進むときには輪も進み、生きものが止まるときには輪も止まり、生きものが地上から上がるときには輪も上がった。生きものの霊が輪の中にあったからである。(エゼキエル1:15—21)

 

これらのリングは生き物の「霊」によって運転されています。たまたまパイロットが目撃するUFOとはこれのことでしょうかね?将来的には人間社会でも「意識」でモノを動かすようになるでしょう。

 

エゼキエル10:20で、この生き物がケルビムであることが分かります。ここでケルビムが主の神殿のいと近くにいて仕えている存在であることが分かります。

 

ケルビムは神殿の南側に立っていて、雲がその内庭を満たしていた。主の栄光がケルビムの上から上り、神殿の敷居に向かった。神殿は雲で満たされ、また、庭は主の栄光の輝きで満たされた。                                                                                                   (エゼキエル10:3−4)

 

似たような生き物が黙示録にも登場します。

 

御座の前は、水晶に似た、ガラスの海のようであった。そして、御座のあたり、御座の周りに、前もうしろも目で満ちた四つの生き物がいた。第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は雄牛のよう であり、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は飛んでいる鷲のようであった。この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その周りと内側は目で満ちていた。そして、昼も夜も休みなく言い続けていた。「聖なる、聖なる、聖なる、主なる神、全能者。昔おられ、今もおられ、やがて来られる方。」  

                               (黙示録4:6−8)

 

4つの生き物という点では同じですが、詳細が違います。ケルビムは4つの翼ですが、こちらでは6つの翼となっています。またケルビムは1体につき顔が4つ付いてますが、(エゼキエル1:6、10)黙示録では、4つの生き物の4体が別個の顔のようです。(黙示録4:7)この4つの生き物も御座に近くで賛美礼拝しています。(黙示4:8)

 

一般には御使の位は上から 1)ケルビム 2)セラフィム 3)天使長ミカエル、ガブリエル、そして無数の御使と理解されています。

 

 

堕天使サタンはケルビムだった?!

もともと御使であったサタンは高ぶり、堕落し、神に反抗する者となりました。

 

明けの明星、暁の子よ。どうしておまえは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしておまえは地に切り倒されたのか。おまえは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、  北の果てにある会合の山で座に着こう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』だが、おまえはよみに落とされ、穴の底に落とされる。  (イザヤ14:12−15)

 

エゼキエル28章の記述は、直接的にはツロへの裁きですが、サタンの描写として読むことができます。「明けの明星」この「輝き」という言葉がルシファーの語源です。サタンは元々「美の極み」(12)、「神の園、エデンにいて宝石に取り囲まれていた。」(13)、「不正が見出されるまで完全であった。」(15)そして、なんと「わたしは、油注がれた守護者ケルビムとしてあなたを任命した。」(14)とあり、サタンは元々最上位御使のケルビムだったことが分かります。

 

しかし、彼は御使の3分の1を味方につけ反乱軍を形成しました。

 

その尾は天の星の三分の一を引き寄せて、それらを地に投げ落  とした。また竜は、子を産もうとしている女の前に立ち、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。(黙示録12:4−5)

 

以来、女(イスラエル)とその子(キリスト、およびクリスチャン)を攻撃するようになったのです。

 

それゆえ、天とそこに住む者たちよ、喜べ。しかし、地と海はわざわいだ。悪魔が自分の時が短いことを知って激しく憤り、おまえたちのところへ下ったからだ。 (黙示12:12)

 

ここは、ペテロの手紙第一に繋がってきますね。サタンは地獄への道ずれに人間を仲間に引っ張り込みたいのです。人を悪へと誘惑し、クリスチャンを攻撃します。クリスチャンはこの悪魔に信仰に立って対抗します。

 

身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。( I ペテロ5:8−9)

 

サタン、悪霊はあらゆる手を使うでしょう。ある場合は直接、人にとり憑きます。ゲラサ地方の人に取り付いた悪霊レギオンは、1レギオン(軍団)=6000人ですから相当数いたことになります。あるいは、この世の権力、富を持って誘惑し神から引き離そうとします。(マタイ4:8)快楽を用いることもあるでしょう。サタンの結末は決まっています。火と硫黄の池で永遠に苦しむことになります。(黙示20:10)

 

 

正体を現す悪霊

黙示録のトンデモ話の1つが9章に出てくる「イナゴ」です。しかし、この描写を見ると普通のイナゴではありません。相当グロテスクですね。

 

その煙の中からいなごが地上に出て来た。それらには、地のサソリが持っているような力が与えられた。  ・・・いなごたちの姿は、出陣の用意が整った馬に似ていた。頭には金の冠のようなものをかぶり、顔は人間の顔のようであった。また、女の髪のような毛があり、歯は獅子の歯のようであった。また、鉄の胸当てのような胸当てを着け、その羽の音は、馬に引かれた多くの戦車が戦いに急ぐときの音のようであった。彼らはサソリのような尾と針を持っていて、その尾には、五か月間、人々に害を加える力があった。いなごたちは、底知れぬ所の使いを王としている。その名はヘブル語でアバドン、ギリシア語でアポリュオンという。  (黙示録9:3、7−11)

 

ハーベストタイムミニストリーの中川健一氏、東住吉キリスト集会の高原剛一郎氏はこのイナゴを「悪霊」と解釈しています。初め、聞いた時、度肝を抜かれましたが、それもアリだなと思うようになりました。

 

まず、このイナゴは「底知れぬところの使い」を王としている。つまりサタンに仕えているのです。また、悪霊たちはもともと天使だったことを考えると、人間に見える形で出てきてもおかしくないのです。また、人間でも不道徳な無慈悲な生き方を長年していると人相が悪くなりますね。同じように「悪」まっしぐらの悪霊たちも「よき御使」の顔を失い、醜い姿となっていてもおかしくありません。彼らの腐った心を表す姿になっていくのです。もともとケルビムでさえ、グロテスクなのですから堕落したら、もっと怖い、醜い姿になるでしょう。ただ、興味ふかいのはこの悪霊たちは、神の許しの範囲でのみ活動できているということです。(黙示9:4−5)

 

同じように2億の騎兵、騎馬も悪霊である可能性が高いです。馬はあまりにもグロテスクです。

 

あった。騎兵の数は二億で、私はその数を耳にした。私が幻の中で見た馬と、それに乗っている者たちの様子はこうであった。彼らは、燃えるような赤と紫と硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は獅子の頭のようで、口からは火と煙と硫黄が出ていた。これら三つの災害、すなわち、彼らの口から出る火と煙と硫黄によって、人間の三分の一が殺された。馬の力は口と尾にあって、その尾は蛇に似て頭を持ち、その頭で害を加えるのである。

                       (黙示録9:16−19)

 

「底知れぬところ」とは実際に、この地球の地下にある物理的な場所というより違う「次元」と考えた方が良さそうです。パウロが「第3の天」(IIコリント12:2)と言った時、文字通り空の「上」というより違う「次元」のことでしょう。科学の最先端では我々の現実世界に隣接する形で「異次元」が存在することになっています。ハーバード大物理学教授宇宙学専門のリサ・ランドール氏は「異次元は存在する」(NHK出版)の中でそのことを話しています。

 

かつてサタンは地を巡ったり、天に出入りしたりし、神の御前に出て神と直接会話することができていました。(ヨブ1:7−12)復活したイエスが姿を突然現したり、消えたりしたのも天と地(次元間)を行き来したのかも知れません。創世記6:2の「神の子ら」を堕天使と解釈すれば、悪霊たちは「人」となり、人間の女性と性的関係さえ持てるということになります。(中川氏はそう解釈しています。)ただ、続けて悪さをしないように、それらの悪霊たちは「暗闇の下=底知れぬところ」に閉じ込められているようです。そのような悪霊どもが終末には解放され出てくるという訳です。時が短いのを知って悪あがきする悪霊どもが正体を現すことは十分にあり得るのではないでしょうか?

 

 

欠如した中間層

ところで、西洋のキリスト教に影響を受けた日本人クリスチャンは「中間層」の理解が欠如しているのではないかと宣教学者の福田充男氏はその著書「野生のキリスト教」の中で述べています。

 

「上層」とは目に見えない、経験を超えた超自然の領域、

「中間層」この世にある超自然的領域(天使や悪霊)

「下層」とは目に見え体験できる現実の領域(常識、自然科学)

 

聖書を信じるクリスチャンはこの中間層を見直すべきでしょう。聖書ははっきりと天使、堕天使の存在を語っています。今も働いています。(エペソ2:2)

堕天使(悪霊)たちは人に取り憑いたり、自分たちの計画を行うため、人の思いに入り込み、人をコントロールすることが可能です。(ルカ22:3)サタンに動かされている人々がいても不思議ではないでしょう。反キリストの世界統一政府に向かって「不法の秘密」が働いているとしても不思議ではありません。(IIテサロニケ2:7)あなたのその「常識」がすでに騙されていませんか?全てを「陰謀論」で片ずけてしまっていいのでしょうか?

 


地上生命体としての人間

人間はあくまで地上生命体です。土でできた体に神の息が入って生きるものとなりました。(創世記2:7)そして、この地上にあったエデンの園に置かれました。「地」を支配するよう命じられました。(創世記1:28)私たちは「霊体」として創造されたのではありません。今、死ぬと体を地上に置いて「霊体」としてパラダイスに行きますが、それは人間としては不自然な形(いわば、中間的、移行体)なのです。ですからパウロがIコリント15章で口酸っぱく語っているように、やがて「朽ちない体」を頂くのです。「霊体」のまま存在するのではありません!やがてくる千年王国では新しい復活の「体」を持って生活するのです。その後、やってくるのも新天「新地」です。そう天的な「地」であって「新天」だけではありません。そこで、朽ちない「体」を持って永遠に生きます。

 

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東京メトロ・コミュニティ

Tokyo Metro Community (TMC)

執筆者:栗原一芳

Japantmc@gmail.com

 

 

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