恵みの福音
あなたはどんな伝道メッセージを聞いて決心しましたか?
「あなたは愛されてます!」
「あなたは一人じゃない!」
「人生はやり直せる!」
「心の平安」
これらは伝道メッセージのタイトルとしてよく目にするのではないでしょうか?そしてメッセージの最後で十字架が語られキリストによる愛と赦しを受けるように招きがあるでしょう。
個人伝道でよく用いられてきた「4つの法則」のアウトラインはこうなっています。
1.神はあなたを愛しておられ、あなたに素晴らしい人生を与えようとしてお
られます。
2.人は罪を犯して、神から離れてしまったので、神の愛と計画を知ることも、
体験することもできないのです。
3.イエス・キリストだけが、人の罪を解決するお方です。あなたもイエス・
キリストによって、神の愛と計画を知り体験することができます。
4.私たちは、イエス・キリストを罪からの救い主、主として受け入れる必要
があります。その時、神の愛と計画とを知り体験することができます。
そして、「私たちは、個人的な招きによってキリストを受け入れます。」と続きます。信仰の確信を与えるため、信じた結果起こることもリストアップされています。
1. キリストがあなたの心に入って来られました。
2. あなたのすべての罪がゆるされました。
3. あなたは神の子供とされました。
4. あなたに永遠のいのちが与えられました。
5. 神があなたのために、創造された大いなる冒険の生涯に入りました。
これらは確かに事実です。「4つの法則」は実際、世界で用いられ多くの人々がキリストに導かれました。感謝なことです。これは典型的な「異邦人」向けの福音メッセージです。これは「恵みの福音」と言われています。入り口としてはこれでいいのです。フォーカスは「個人」です。神との個人的な関係を回復することにフォーカスがあります。しかし、ここにはイエスが福音書で何度も語った「御国」と言う言葉は一度も出てきません。
イエスが語った福音は「御国の福音」です。つまり福音は『国』に関しての事であり、個人的なものを超えています。しかし、通常、私達が聞く福音メッセージで「御国」の話を聞くことは滅多にないのです。
御国の福音
異邦人向けメッセージとは対称的に、ユダヤ人向けメッセージは「御国」が中心です。バプテスマのヨハネのメッセージは「悔い改めなさい。天の御国は近づいたから」(マタイ3:2)と宣言し、また、イエスの宣教メッセージも「悔い改めなさい。天の御国は近づいたから」(マタイ4:17)で始まっています。ルカの福音書でもイエスの宣教の中心が「神の国」であったことが分かります。(ルカ9:2、9:11)
さらにマタイが記述するところによるとイエスの宣教は「悪霊追い出し」「病人の癒し」そして「御国の福音」の宣言の3点セットだと分かります。(マタイ4:23−24)(マタイ9:34−35)弟子たちが宣教に遣わされる時も「天の御国が近づいた」と宣べ伝えるよう主イエスから命じられています。(マタイ10:7)
「悪霊追い出し」「病人の癒し」は憐れみから行われましたが、それは「御国」の力の証でもあったのです。なぜなら最終的な御国=千年王国、新天新地には悪霊の影響、病気が無いからです。その「御国が近づいた」というのが福音の内容だったのです。私たちが聞く「福音」と大分違いますね。私達が聞いて、受け入れた福音が間違っているのではなく、それは1つの入口ですが、福音の内容は非常に豊かであり、視野の広いものであることが後で分かってきます。聖書の言う救いが「個人」の救いだけでなく、被造物全体の救い、贖いであることが分かってきます。
マタイ5章からの「山上の説教」でも「天の御国」(御国、神の国)がテーマです。「御国」のライフスタイルが語られています。「イエスを信じて救われたから、もういいや。」「天国行きはもう決まりだ。人は救われた罪人だから、地上で罪を犯すのはしょうがない。」ではなく、私たちが主と呼んでいるイエスの語った「御国」の生活の指針をシリアスに受け取る必要があるのではないでしょうか?実際、マタイ、マルコ、ルカの福音書のテーマは「神の国」なので、「神の国」を理解しないと福音書が理解できないのです。
「御国の福音」理解の重要性
イエスの宣教対象はイスラエルの失われた羊(民)でした。(マタイ15:24)だから「御国の福音」を語ったのです。イスラエルの民にはメシア待望とメシアがもたらすメシア王国(御国=Kingdom)待望がありました。実際、ユダヤ人向けに書かれたマタイの福音書だけでなく、異邦人向けのルカの福音書にもイエスが神の国を説いていたことが書かれています。(ルカ8:1)
ただ、問題は、それらの「福音書」を私たち日本人も読んでいるという点です。そうすると、異邦人向けの「恵みの福音」だけをいつまで聞いていても「御国の福音」を理解できず、成長できないのです。「あなたは愛されています!」的なメッセージだけでは聖書的歴史観、世界観が把握できません。日本人クリスチャンの大きな問題はここにあります。入り口は「恵の福音」でも、最終的には「御国の福音」を理解しなければなりません。
またパウロは「聖霊は御国を受け継ぐことの保証です。」(エペソ1:14)と語っていますので、「御国」を理解しないと受け継ぐものが何なのかという重要なポイントをミスしてしまいます。同じエペソ1:11では「また、キリストにあって、私たちは御国を受け継ぐ者となりました。」とあり、「御国」の相続について書いています。しかし、この「御国」を理解している人が少ないのではないでしょうか?
「御国」は上にある「天国」ではなく、やって来る「王国」
相続についてはローマ8:17でさらに詳しく述べられています。「私たちは・・神の相続人であり、キリストと共に共同相続人なのです。」この時点で御国は俗に言う「天国」ではないことは明らかです。「天国に行く」と言う言い方はしますが、誰も「天国を相続する」と言う人はいませんね。相続という法律用語がわざわざ使われているのは「土地の所有」と関連があるからです。アブラハムの祝福の中に「土地の所有」の約束があります。(創世記15:18)この約束はまだフルに実現されていません。これはイエス再臨後のメシア王国=千年王国にて成就されます。(黙示録20章)しかし、こういう視点はあまり教えられていないですね。
ヘブル的には「御国=Kingdom」は上にある「天国」ではなく、将来、地上に実現するメシア統治のことなのです。新約でも「次に来る世」(エペソ1:21)とパウロは言い、イエスご自身も「これらのことが全て起こるまでは、この時代が過ぎ去る事は決してありません。」(マタイ24:34)と語り、この時間軸上に次の時代が来ることを示唆しておられます。聖書の出来事は時系列的であり、歴史観はリニアルです。「御国」は、この先の未来に実現するのです。
2000年前、イエスの到来にて「神の国=御国」は確かにエクレシア(信者の群れ)の中に始まりました。(ルカ11:20)それで、千年王国はもう始まっていると誤解する人がいますが、今はまだサタンが繋がれてはいませんし、諸国の民はサタンに惑わされています。千年王国では惑わされません。(黙示録20:2−3)ですから、この時代が千年王国であるとはとても言えません。
福音の全体像を把握するには、我々日本人も「御国の福音」を理解する必要があります。パウロは「私は神のご計画の全てを余すところなく、あなた方に知らせたからです。」(使徒20:27)と言っています。神のご計画の全ては、「創世記」から「黙示録」に書かれています。そこには世界の創造から、人間の堕落と罪、神の贖いのご計画、受難のメシアの到来と十字架での贖いのみ業、復活と昇天、異邦人伝道の時代、やがてくる患難期と主の再臨、メシアがもたらすメシア王国、そして新天新地へという壮大な神の救いの物語が見えてきます。救いは人間だけではありません、全被造物、全宇宙の回復と再創造です。(ローマ8:20−22)
マタイ24:14 「この『御国の福音』は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終わりの日が来ます。」とあり、最終的には「御国の福音」が御使によって全人類に知らされます。(黙示録14:6)それから終わりが来ます。
キリスト者の希望は「天国」に行って、フワフワした雲の上で天使のハープを聞いて退屈な永遠を過ごすのではありません。(これはギリシア哲学に侵された異教的な天国のイメージです。)ヘブル的メシア王国は将来の、この時空に成就しています! 私達は、信仰によりこの事実を前取りできるのです。(エペソ1:11−14)ある意味、希望は未来から現在に突入しているのです!この事実を知ったら誰でもどんなことをしてでも「神の国」に入りたいと願うのではないでしょうか?(マタイ11:12)
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執筆者:栗原一芳