宗教を18禁に?!
全国霊感商法対策弁護士会は、「2世問題の本質は、子供の信教の自由がカルト的団体によって侵害されている点にある。」と指摘している。親による子への信仰の強要は「虐待」であるとの認識だ。そういう流れの中で、「宗教を18禁にすべきである」という声もある。
作家の佐藤優氏からの引用。
「旧ソ連では、このような科学的見地と矛盾する信仰を親が子に伝えてはならないと、家庭内での宗教教育が禁止された。共産党体制下のソ連では、国家が『宗教2世』を根絶しようとしたのだ。」
このような方向に進まないと言う保証があるだろうか? そういう方向の中では子供に信仰の継承をするのが大変難しくなる。そして、それはサタンの望んでいることである。この世の価値観が聖書的価値観と大きくずれていく時には、クリスチャンは社会からは「カルト」にみなされ、迫害される可能性が大なのだ。パウロが言う「危急の時」(Iコリント7:26)ということになる。まだまだ先と思っていると、事は急転直下する。
宗教は心の問題?
日本人にとって宗教は心の問題と理解している人が大半だろう。しかし、現在のイランのようにイスラム原理主義の国ではコーランの教えを政治に、生活の全領域に適用しようとしているのだ。み言葉に真実に生きようとするクリスチャンもそうだろう。日曜だけのクリスチャンは聖書的ではない。クリスチャンは、まことの神以外を礼拝することを拒否する。それでローマ皇帝たちと衝突した。迫害を受けた。日本でも江戸時代のキリシタン迫害があった。政府側は一般大衆に迎合しない「厄介な人たち」を抹殺しにかかる。キリストご自身も当時の体制からは敵視された。最後は十字架にかけられた。心の問題では済まされない。
太平洋戦争中、キリスト教は「国体」に反すると迫害を受けた。聖書的メシアは政治的メシアだからだ。ホーリネスの牧師たちは「キリストと天皇とどっちが偉いのだ」と詰問され、「キリスト」と答えたゆえに投獄された。獄中死したものもいる。心の問題では済まされない。世の中がおかしくなっている時、クリスチャンは地の塩ゆえに、目障りになる。社会からは抹殺したい存在となる。「世界統一宗教」に向かう中で、聖書的なクリスチャンは自由主義神学クリスチャンから迫害を受けるだろう。携挙で取り残された自由主義神学クリスチャンが母体となって世界統一宗教を形成してゆくようになる。
かつてカルト化した日本
北朝鮮、中国からの挑発が多発する中、「防衛」が話題に上るようになった。戦争のような危機にあっては「精神的支柱」が必要になる。明治から敗戦までは、良くも悪くも天皇が日本人の「精神的支柱」だった。今は象徴天皇だが、戦争の危機の中ではどうなるだろう。まことの神のいない日本人にとって、再び「天皇」へ帰属してしまうのではないだろうか。戦時中は、「靖国神社は宗教にあらず」として参拝を強要されるようになった。もともと同調圧力の強い日本社会で戦争反対の声を上げることは不可能に近い。山本七平に言わせると太平洋戦争への参戦決定は、当時の「空気」が決めたと言う。彼は「空気」と表現するが、それを「悪霊」としたらどうだろうか?おぞましい話である。NOと言えない雰囲気の中で負けると分かっている戦争に突入していく。そして「靖国で会おう」とカミカゼ特攻隊は自爆した。「天皇陛下万歳!」と叫んで、人間魚雷は自爆した。それこそ大マインドコントロールが行われ、「神の国、日本」は大カルト化してしまったのだ。この過ちを再び犯さないためには、まことの「神」を神とすること。すなわち、創造主なる神に立ち返るしかない。
独裁国家でない限り、宗教の一方的な統制はしないだろう。信教の自由を謳う自由主義国家において、カルト対策は思うように進んでいないようだ。わが国でも信教の自由を憲法で謳っている以上、取締りの強制力には限度がある。宗教のカルト化を懸念すると同時に、国家が獣化しないよう祈るべきだろう。
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執筆者:栗原一芳
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