2019年10月19日土曜日

まるっと分かる黙示録(4)


 黙示録を学ぶものは幸いである


キリスト教は世界観、歴史観です。世界はどう始まり、どう終わるのか、神が歴史を通して何をなさっているのかが書かれています。特に創世記と黙示録が重要です。創世記には世の始まり、人間の始まり、罪の始まり、サタンの存在が書かれています。そして、黙示録にはサタンの終焉とキリストの勝利が描かれています。当然、サタンは黙示録を嫌います。サタンは何とかして人々を惑わし、黙示録から遠ざけるように仕向けるのです。そして神学的にも攻撃するのです。

「この預言のことばを朗読する者とそれを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。」(黙示1:3)

だからわざわざ黙示録だけはこう書かれているのです。こういう言い方は、他の新約の手紙にはありません。こう書かれている以上、心を留めることは大事なのです。

書かれていることとは・・・


「あなたの見たこと、今ある事、この後に起こることを書きしるせ。」
                           (黙示1:19)


という内容です。黙示録は「この後に起こること」つまり終末に関しての啓示の書です。前回、書いた主の再臨、悪しき者達への裁き、御国の到来です。ヨハネがこれを証している以上、これらに関してクリスチャンははっきりと理解し、希望を持つべきです。クリスチャンはこの世界がどこへ向かっているか知らされているのです


  
3つのタイプのクリスチャン
クリスチャンと言いながら話していると違和感を感じる人が時々います。3種類のクリスチャンがいるのではと最近思わされています。

 クリスマス・クリスチャン
 「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりまし
  た。この方こそ主キリストです。」(ルカ2:11)
  素晴らしいクリスマスのメッセージです。「あなたがたのために」そう、「私
  のための救い主」です。ただ、そこで止まってしまっているクリスチャン
  がいます。自分の人生の助けになるから、自分の人生の足しになるから。
  自分中心のクリスチャン生活です。ともすると判断基準が自分の好みや自
  分の主張になってしまいます。「聖書はいいけど、この箇所はちょっと」と
  自分の判断で選り分け、選り好みしてしまいます。自分の理性に反するか
  らと超自然的な奇跡を否定することもあります。「まあ、信仰はいいけど、
  ほどほどに、そんなに熱心にならなくて、神の愛を信じて気楽に生きまし
  ょう」となります。そのようなクリスチャンは根がないので、迫害が来る
  と容易につまずいてしまいます。(マタイ13:21)

  黙示録は言っています「死に至るまで忠実でありなさい」(黙示2:10)
  こういう生き方は後で述べる黙示録的視点に生きてないとできないのです。

 イースター・クリスチャン
  一般にはイースターよりクリスマスがポピュラーですね。「使徒の働き」で
  クリスマスを祝っていた記事はありませんが、「復活を非常に力強く証し」
  している事実があります。(使徒4:33)そして初代クリスチャン達は、
  主の復活を記念してユダヤ教の安息日(土曜日)ではなく日曜日に礼拝を
  始めました。初代クリスチャンにとって復活は重要な信仰内容であり、希
  望だったのです。

       日本には、十字架クリスチャンで止まっている人が多いように思います。  
  罪を悔い改め十字架を仰ぐことは大事ですが、受難のメシアから進みませ
  ん。顔を上げて復活のイエスを仰ぎ見ましょう。また、復活を信じてはい
  ても、復活をよく理解しているクリスチャンは少ないようです。「死んだら
  天国」くらいの理解しかありません。パウロは第一コリント15章のほと
  んど全てを信者の復活について書いています。ある意味、クリスマスより
  イースターに意義を感じるクリスチャンは初代教会の信者の信仰に近いか
  もしれません。クリスマス・クリスチャンより信仰的には進んでいます。
  イースター・クリスチャンには復活の希望があります。信仰が生き生きし
  ています。イースター・クリスチャンは素晴らしのです。ただ、それだけ
  だと、「個人の救い」で終わってしまいます。それだけでは足りないのです。
  ローマ書8章で書かれている被造物の贖いへの視点が欠けています。忠実
  で教会奉仕にも熱心です。しかし、個人的終末だけでなく、世界の終末は
  どうなるのかという理解と視点が必要なのです。

 黙示録クリスチャン
 黙示(英語ではRevelation)とは「隠されていることを明らかにする。」と
 いう意味です。黙示録クリスチャン、正確には「創世記から黙示録クリスチ
 ャン」でしょうか。この人たちには聖書的時代認識があります。大河ドラマ
 のように神の「救いの物語」を聖書から読んでいます。今がどのような時な
 のか、これからどうなるのか。神の物語の結末はどうなのか。そういった 聖
 書的な歴史観があります。その中での自分の立ち位置と役割を知っています。
 神が黙示録を下さっているということは、こういう視点に立つクリスチャン
 になって欲しいと願っているからではないでしょうか。(マタイ24:32−
 34)


迫害を耐え抜く希望
黙示録2〜3章で、キリストは7つの教会に励ましと叱責を送っています。ほとんどの教会は迫害下にあったのです。その中で主が再び来られ、反キリスト勢力を裁いてくださるという信仰が大きな励ましであったことは疑い得ません。(Iテサ1:4−11)そして「後に来る世よ」(エペ2:7)、「御国を受け継ぐ」(エペ1:11)を確信することも大きな前進力になったはずです。

黙示録2章で神は、スミルナの教会に対して「あなたがたは10日の間、苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。」と語られます。10日間の苦しみ。そう苦しみは限定されています。マタイ24:21−22でも苦難の日数が少なくされるとあります。いつまでも苦難が続くのではありません。また、主は私たちを耐えられないような試練に会わせない(Iコリ10:13)と約束くださっています。大患難時代の獣は42ヶ月間活動する権威が与えられている(黙示13:5)とあります。ここでも限定付きです。「権威が与えられている」に過ぎないのです。獣(反キリスト)はいつまでも活動できるわけではありません。 

霊的戦いの中にいるという点では、今日の私達も同じです。今は「空中の権威を持つ支配者」(エペソ2:2)であるサタンが獲物を探して歩き回っています。(Iペテロ5:8)これが今日の霊的現実です。イエス様も「麦と毒麦」の例えで「神の国」と「悪の国」の両方がグローバル化していくことを示唆されました。私たちはその戦いの只中にいます。しかし、聖書は教えています。「わたしを信じるものは死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)敵は私たちの魂まで奪えないのです。(ルカ12:4)(ヨハネ10:28−29)

黙示録クリスチャンは悪が滅ぼされることを知っているのです。いつまでもこのままではありません


黙示録クリスチャンは知っています。私達が今、死ねば主と共にパラダイスです。(ルカ23:42)地上にいるならば、主が近いうちに花嫁である教会(キリストを信じる者の群れ)を迎えに来ます。つまり携挙です。そして私達は天に挙げられ、主と共にいることになります。(Iテサ4:17)終わりの時、ラッパの音と共に朽ちない体に蘇ります。(コリ15:52−53)世の終わりにはキリストは王として再臨され、悪を滅ぼし、世を改めます。(マタイ19:28)そして、新しい時代(千年王国)が始まるのです。(黙示19章—20章)

患難期前携挙説を取れば、天にあげられてから約7年後にまた地上に戻って来てキリストを王とする御国で愛する兄弟姉妹と復活の体で千年間、悪の無い、そして自然環境が回復された地上生活を楽しむことができるのです!ワクワクしてきますね。そして、その後、新天新地の永遠の秩序が始まります。


「ですから私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。」(Iコリント4:16−17)


—————————————————————————————————————

意味ある人間関係と祈りで広がるキリスト中心のコミュニティ
Tokyo Metro Community (TMC)
japantmc@gmail.com (栗原)


2019年10月11日金曜日

まるっとわかる黙示録(その3)


 「再臨」から「新天新地」まで


黙示録はここを押さえておこう。19章から21章の流れが特に重要です。

聖書に記された時間の流れから言うと・・・


1.      19章のキリストの再臨。(19:11−16)

2.      獣(反キリスト)、偽預言者が捕らえられ「燃える火の池」に投げ込まれる。残りのもの(反キリストにつく軍勢)も滅ぼされる。(21−22)

3.      悪魔であり、サタンである竜も千年間、「底知れぬところ」に縛られ、閉じ込められる。千年間は諸国の民を惑わすことができない。(20:3)

4.      大艱難時代に迫害の中で殉教した聖徒たちが復活する。(20:4)

5.      彼ら(第一の復活に預かる信者)は、キリストと共に千年の間、王となる。(20:4)いわゆる「千年王国」の実現。

6.      千年の終わりにサタンは解き放たれる。(20:7)

7.      しばし、諸国を惑わすが、悪魔自身も火と硫黄の池に投げ込まれる。
(20:19)

8.      第二の復活(未信者)と白い御座の裁き。(20:11〜15)

9.      そして、新天新地(21:1) 天から降る新しいエルサレム。


もう一度まとめると・・・
——————————————————————————————
イスラエルの国家的回心→
再臨→
ハルマゲドンの戦い→
反キリストへの裁き→
サタンの縛り→
千年王国→
サタンが再び解き放たれ、ゴグ・マゴグの戦い→
白いみ座の裁き→
新天新地

——————————————————————————————
白い御座のさばき


「千年王国」に関してはすでに、このテーマでブログの記事をアップしているので、アーカイブから、そちらを参照して下さい。ここで少しコメント「白い御座」のさばきについてコメントします。

これは不信者のためのさばきです。すべての不信者が復活して神の前に立ちます。(黙示20:12)「第一の復活にあずかるものは聖なる者。」(20:6)とあるので信者は復活して先ずは千年王国に入ります。そして「第二の復活」とは千年王国後に起こる不信者の復活のこととなります。(20:5)信者にとっては第二の死は何の力も持っていません。(20:6)第二の死に(死後の後の死)についてはイエスご自身が語っておられます。(ルカ12:4−5)また、ヘブル書にもこうあります。「そして、人間には一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが定まっている。」(ヘブル9:27)

この裁きの時には数々の書物が開かれています。(20:12)永遠の救いか永遠の滅びを決める2者択一なら、すぐに判定できるはずですね。それはイエスを救い主として信じるか、信じないかだけが基準です。しかし、「これらの書物に書き記されているところに従って、自分の行いに応じてさばかれた。」(20:12)とあるので、さばきにも軽重があることが分かります。ここにも神の配慮、哀れみ、正しさが垣間見えます。

「死とハデスとは、火の池に投げ込まれた。これが第二の死である。」(20:14)死は全く滅ぼされます。ついに人間は「罪と死」の鎖から解き放たれるのです。また、ハデスも無くなります。このことからも「ハデス」は死者が行く中間的場所であることが分かります。最終地は「新天新地」か「火の池」(地獄)なのです。



千年王国と新天新地の区別

旧約預言のハイライトは「メシア王国」=王としてのイエスが統治する「千年王国」。そして新約のハイライトは「新天新地」=神と子羊の王国 

この2つの区別が大事です。

新天新地に「ない」もの
1.      海がない。(21:1)以前の天と地は過ぎ去っている。
2.      今のエルサレムはない。天から下るエルサレム (21:2)
3.      死、叫び、悲しみ、苦しみがない。
4.      呪われるものがない。(21:4、22:3)
5.      物理的な神殿がない。(21:22) 神と子羊が神殿。
6.      太陽も月もない。(21:23)神の栄光が光。
7.      夜がない。(22:5)呪いとしての闇がない。

あるもの
1.      神のみもとから出て天から下ってきた新しいエルサレム
(一辺が2220キロの立方体の都市)都はガラスに似た純金製。
2.      神の幕屋が人とともにある。神ご自身が彼らとともにいる。
3.      神の栄光が都にある。
4.      いのちの水の川 (22:1)神と子羊との御座から出る。
5.      いのちの木(22:2)かつてエデンの園にあった。
6.      神の御顔を仰ぎ見る。旧約では神を見ると死ぬとされていた。全ての呪いがないので、神を直接仰ぎ見ることができる。

黙示録21〜22の新天新地は天的なものであり、太陽や海が無いなど、自然環境も全く異なっている永遠の秩序と言えます。(永遠とは時間がないのではない。いのちの木の実は毎月できる。22:2)

これに対して20章の「千年王国」は新しい秩序になる前の21:1で言われている「以前の天と地」、すなわち現在の天と地であることが分かります。千年王国は第一のアダムが失敗した「地を支配する」(創世記1:28)ことを第二のアダムであるキリストが実現するものであり、エデンの園の回復とも言えますね。それゆえ旧約預言の「メシア王国」=「千年王国」は、この地上で成就しなければならないのです。

  「千年王国」に関してはすでにこのブログで記事を書いていますので、アー
カイブでご覧ください。


————————————————————————————————

参考本
「子羊の王国」岡山英雄著 いのちのことば社
「ヨハネの黙示録」クレイ聖書講解コレクション 中川健一著 
         ハーベストタイムミニストリーズ
————————————————————————————————

意味ある人間関係と祈りで広がるキリスト中心のコミュニティ
Tokyo Metro Community (TMC)
japantmc@gmail.com (栗原)


2019年10月4日金曜日

まるっとわかる黙示録(その2)


 前回は全体像を見ました。今回は鍵となる用語を見ていきましょう。世の終わりには「大患難時代」が来るというのが聖書の歴史観であり思想です。



大患難時代とは? 
かつてないほどの苦難(マタイ24:21)なので「大患難」と名づけられています。旧約でも「ヤコブの苦しみの時」(エレミヤ30:7)ダニエルの70週目(ダニエル9:27)などあります。代表的なのが「主の日」という表現です。これは全地に来る「神の裁き」であり、イザヤ2:12、ヨエル1:15、2:1—2などに記されており、「やがて来るみ怒り」(Iテサ1:10)とも記されています。

これは地に住む人々の罪のため、神から来る裁きであって、サタンからくるクリスチャンへの迫害とは区別する必要があります。罪から贖われたクリスチャンが「神の怒り」を通過することはないとして、「患難期前携挙説」を取る場合は、患難期前に教会(私たちクリスチャン)は天に上げられるので患難期を通過しないことになります。

大患難時代には獣(反キリスト)の活動が激しくなるので、真の神に従順な者たちは激しい迫害を受けます。それとは別に、黙示録に出てくる「7つの封印」、「7つのラッパ」、「7つの鉢」の裁きは「神の怒り」です。神の主導によるもので地上の罪(不信、偶像礼拝、不道徳など)への裁きとして行われます。(黙示9:20−21)それは全世界に来るもので、世の初からかつてないほどの苦難だということです。(マタイ24:21)それで「大患難時代」と言われています。しかし、この中でさえ、人を救おうとする神の憐れみを見い出すことができます。

————————————————————————————————

大患難時代の目的:
1)      悪人(反キリスト、偽預言者、それに従う者達)が根絶される
2)      世界大のリバイバル 主役は14万4千人のユダヤ人 (7章)
3)      イスラエルの民の頑なさを打ち砕く
4)      再臨の状況を整える。

————————————————————————————————

1つずつ解説しましょう。


1)この世界はいつまでもこのままではありません。「空中の権威を持つ支配
  者」(エペ2:1)つまりサタンや悪霊の働きは限定的だということです。
  ついには滅びが来るのです。(「定められた絶滅」ダニエル9:27)
  最後に神は勝つのです。最後に正義は勝つのです。最後に光は闇に、
  命は死に打ち勝つのです。なんという希望でしょうか!

2)大患難時代はイスラエルの霊的覚醒の時でもあります。預言されていた
  メシアがエルサレムに来たのに、イスラエルの宗教指導者たちはイエスの
  面前でこのお方を否定したのです。(ベルゼブル論争、マタイ12:24)
  これはイスラエル国家として正式なイエスのメシア性の否定です。以来、
  神の国の福音は異邦人に先回りして伝えられます。しかし、「イスラエルの
  一部がかたくなになったのは、異邦人の完成のなる時までであり、こうし
  て、イスラエルはみな救われる、ということです。」(ローマ11:25−
  26)異邦人宣教時代が終わり、教会が携挙された後、引き止めるもの(II
  テサ2:6)が取り去られると反キリストが活動を開始し、大患難時代が
  始まります。しかし、その間、14万4千人のクリスチャンとなった
  ユダヤ人が世界宣教に、そして「二人の証人」がエルサレムで活躍し、
  イスラエル人の信仰覚醒が起こります。彼らを通して異邦人クリスチャン
  も起こされるでしょう。神はイスラエルを見捨てないのです。(ローマ
  11:28−29)

  また大患難時代には何と御使いが全世界に出て行って福音を宣べ伝えてく
  れるのです。(黙示14:6−7)最後の最後まで人を救おうとする神の御
  心を見ます。ですから大患難時代でさえ、ある意味、「救い」の時なの
  です。

3)かたくなだったイスラエルはついに「主よ、来てください」とイエスを
  呼び求め、信仰告白をするようになるのです。逆に言うとその時まで
  イエスはイスラエルを訪れることはないのです。(マタイ23:39)

4)      闇のクライマックスに光なる主が来られるのです。反キリスト軍勢がメゲドの丘(ハルマゲドン)(黙示16:16)から見下ろすイズレエル平原に大集結して、エルサレムに攻め入ろうとやって来ます。イスラエルを滅亡させれば、主の再臨を阻むことができるからです。(再臨はサタンの滅びを意味します。)そして、エルサレムとオリーブ山の間の「ヨシャパテの谷」(ヨエル3:12)で天の軍勢と反キリストの軍勢が戦い、主のみことばにより、反キリスト軍はたちまち滅びてしまうのです。(黙示19:21、ダニエル9:27)ちなみに、「ハルマゲドンの戦い」は天の軍勢と反キリスト勢力との戦いであり、第三次世界大戦のような人類の最終戦争ではありません。

————————————————————————————————

黙示録 患難期記述箇所の構造:

 6〜 9章  7年の大艱難時代の前半
(10〜13章)は挿入〜(時間は流れていない。)
14〜16章  7年の大艱難時代の後半
   17章  前半の再記述
   18章  後半の再記述
                       (中川健一師による)
———————————————————————————————
  反ユダヤ主義には霊的な意味があります。サタンはイスラエルを根絶やしにし、再臨が来ないように働いているのです。イスラエルの国民的悔い改めが再臨の舞台を用意し、再臨後にはサタンが滅ぼされることを知っているから
です。(マタイ23:39)黙示12章の「赤い竜」はサタン、「女」はイスラエル、「男の子」はイエス。竜は常に「女」と「男の子」を滅ぼそうと追い回す様子が描かれています。


次回は黙示録19章から21章、再臨後の流れについて見てみましょう。

———————————————————————————————
参考本
「子羊の王国」岡山英雄著 いのちのことば社
「ヨハネの黙示録」クレイ聖書講解コレクション 中川健一著 
         ハーベストタイムミニストリーズ
———————————————————————————————

意味ある人間関係と祈りで広がるキリスト中心のコミュニティ
Tokyo Metro Community (TMC)
japantmc@gmail.com (栗原)
-->