契約の神
前回、神は「契約」の神であるという話をしました。ビジネスに携わる人は「契約書」には慣れ親しんでいるでしょう。そうでなくてもアパートの賃貸契約とかはしたことがあるでしょう。契約書には必ず日付が入っています。これが大事です。新しい契約がされると、古い契約は無効になります。遺言書も日付の新しいものが有効となります。新約とは神との新しい「契約」のことです。罪なき子羊キリストが完全かつ永遠の贖いを成し遂げてくださったので、もはや、旧約(古い契約)にあるように動物の犠牲を捧げる必要がなくなっています。
「第二のものを立てるために、初めのものを廃止された。」 (ヘブル10:9)
ある意味、十字架以前と以降でパラダイムシフト(ものを考える枠組みの変化)が起こったのです。
旧約時代の聖所
旧約時代、神殿ができるまでは幕屋が神殿代わりでした。幕屋には「聖所」と呼ばれるスペースがあり、祭司が幕屋内で全焼の生贄を朝ごとに夕ごとに捧げ、毎日、聖所に入り、燭台の灯皿に火を灯し続けたり、12個のパンを新しいものに取り替え整えたりしていました。ソロモンが神殿を建てた後、礼拝は神殿で行われるようになりました。ところがソロモンの死後、イスラエルは偶像に染まっていました。しかし、ユダ王国のアビヤ王により、この聖所でのプラクティスが一時的に復活した模様です。(I I歴代13:11)
興味深いのは至聖所です。至聖所には、大祭司が1年に一度だけ入ることができ、
必ず、血を携えて入るのでした。自分と民の罪のための贖いをするためです。(ヘブル9:7)しかし、動物犠牲では礼拝するものの良心を完全にすることはできないのです。(ヘブル9:9)この制度は、新しい秩序が立てられる時までの期限限定の贖いシステム(9:10)だったのです。
さらに偉大な幕屋
大祭司キリストは・・・(ヘブル9:11−12)
● 手で作ったものでない、さらに偉大な幕屋を通り、
● ヤギと子牛との血によってではなく、
● ご自分の(罪なき子羊の)血によって
● ただ一度、まことの聖所(天の幕屋)に入り、
● 永遠の贖いを成し遂げられた。
「罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座(至聖所)に着
かれました。」(ヘブル1:3)
・・という訳で、キリストは罪のきよめを成し遂げられたのです。しかし、なぜ、血が必要なのでしょうか?
• 「罪からくる報酬は死です。」(ローマ6:23)
つまり、罪は命を要求する。
• 「肉のいのちは血の中にある。」(レビ17:11)
• 「血を注ぎ出すことがなければ、罪のゆるしは無いのです。」
(ヘブル9:22)
● 「いのちとして贖いをするのは血である。」
(レビ17:11)
・・・と、こういう論理になるのです。そして、罪なき子羊の血は永遠の贖いを可能にしたのです。
御子の血の効力
まして、キリストが傷のないご自身を、永久の御霊によって神にお捧げになったその血は、どれだけ私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者にすることでしょうか。(ヘブル9:14)
キリストの血は、動物の血ではできなかった、私たちの良心をきよめることができるのです。つまり内側からの変革をもたらすという事です。そして、罪責感を取り去る(ローマ8:1)ことができるのです。最大の効力は、父なる神へのアクセスを可能にするという事です。
今は、子羊の血による完全な贖いがなされ、新しい契約の時代に入っているのです。キリスト復活時に至聖所の幕が裂かれ(マタイ27:51)たことは象徴的現象です。神へのアクセスが保証されたという事です。(ヘブル6:19)しかも、私たちは信じた時、「アバ父」と呼ぶことのできる御霊を内に頂いたのです。(ローマ8:15)したがって、今更、旧約のシステムに戻るのは愚かな事なのです!
完全な贖い
もう一度整理してみましょう。
ヘブル10章に新旧約の対比が鮮明に書かれています。
旧約のシステム VS 新約のシステム
● ︎ 律法は影 VS キリストは実物 (10:1)
● 年ごとに VS 一度だけ (10:10)
● 絶えず VS 一度だけ (10:10)
● 同じいけにえ(繰り返し) VS 一度 (10:11)
● 罪が思い出される VS 罪を思い起こさない
(10:3)、( 10:17)
● 罪を除くことができない VS 罪の清めは不要
(10:4)、(10:18)
つまり、キリストは「ただ一度で」、「永遠の贖い」を成し(9:12、10:10、10:14)遂げたのです。したがって、この子羊の犠牲により、
ご自分によって神に近づく人々を完全に救うことがおできになります。
(7:25)
「ただ一度」、そして「完全」で「永遠」の贖いに何か付け加えることができるでしょうか?いいえ。これで完璧なのです。それに付け加えようとするのがカルト(異端)です。
(続く)
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執筆者:栗原一芳
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