2009年6月30日火曜日

一人の女性から

「一人の女性から」

IIテモ2:2は、弟子訓練のときに引用される箇所です。
弟子訓練と聞くと、何を思い浮かべますか? セミナー、
プログラム? しかし、プログラム では人は育ちません。
いくら聖書の知識を詰め込んでも、それだけでは 人生が
変わりません。人とのかかわりが必要なのです。お互いが
必要なのです。「神が働く場」を提供することが必要なの
です。

ハワイのHOEP CHAPEL KANEOHEの牧師 
ラルフモアのメッセージをほとんど毎週インターネットで
聞いています。あるとき、とても興味深い話を聞きました。
ラルフ牧師は26年前、カリフォルニアから引っ越してきて、
たった12人でHOPE CHAPELを始めました。そして、
皆はラルフがHOPE CHAPELを始めたと思っている。
しかし、HOPE CHAPELをはじめたのはヘンリアッタ・
ミアーズですと言いました。ミアーズ女史は40名半ばの
婦人で、ハリウッド長老教会の教会学校の先生だったのです。

教会学校といってもアメリカでは大人向けのクラスもあります。
ミアーズ先生は大学生たちを担当していたのです。毎週、土曜日
に学生8名を家に招いてパンケーキブレックファーストを
ご馳走し、楽しく、食べながら語り 合ったのです。そこで話し
たのは、


Life, God ,  possibility すなわち
「自分たちの人生」「神」「可能性」についてでした。


つまり、リラックスした環境で「神が働かれる場」を
提供したのです。


そこで神のなさる可能性に生涯をかけるビジョンが与えられ、
青年たちが いろいろな働きに従事するようになったのです。
1つは大きなLegal book というキリスト教出版社、1つは
ヤングライフという若者伝道団体。そして現在世界190カ国で
伝道している国際的な伝道団体キャンパス・クルセードを
はじめたビル・ブライトもその朝食会にいたのです。

ラルフはその朝食会にはいませんでしたが、ラルフが神学校
にいたとき、ミアーズ先生が亡くなって3年後、ミアーズ先生に
関する本に出会ったのです。そしてミアーズ先生の働きに触れ
ました。

そのとき、「これだ!」と思ったのです。自分が教会をはじめる
なら、 このようにやりたいと。HOPE CHAPELの芽は
このとき植えられたのです。 そして現在HOPE CHAPEL
は世界で700以上の教会を生み出しています。

一人の夫人の朝食会から一人は世界大の学生伝道団体が
生まれ、かたや、世界的なチャーチプランティングムーブメント
が生まれたのです。

一人の婦人が与えた影響力はとてつもなく大きかったのです。

2009年6月29日月曜日

影響力

「影響力」

イエスが当時、「影響力」ある人であったことは
言うまでもないが、そのイエスを信じ、福音の力
を体験した初代のクリスチャン達も社会に対して
大きな影響力を持っていた。

Rise of Christianity by Rodney Stark. Sociologist.

"They did not withdraw to suburban churches and
pursue private piety,. They pushed into every part
of their world talking their faith and making it
relevant. They did not withdraw from civic involvement,
but pushed in further. They did not wait for government
to fix their health , abuse of women, care of abandoned
infants and a host of other issues. Neither did they have
a professional clergy to rely on to lead all “religious”
activities. Their faith was publicly relevant and
Christians were influential- not because of political
positions but because of their networks and active
engagement in society."

つまり、クリスチャンは都会のど真ん中で、その当時、他の
宗教ができなかった社会奉仕、社会改革に貢献した。民族の
中だけの助け合いではなくて、クリスチャンが誰でも助けたので、
当時の異教徒の皇帝が不思議に思い書き残している。信仰が
世離れしているのでなく、時代のニーズにマッチし社会を変革した。
これは歴史的事実。

ニューヨーク、Redeemer Church の牧師 ティム・ケラー師は
"The City in the city" という表現を使う。隔離されたゲットーと
してではなく、NYの中で、クリスチャンの群れが、新しい価値観
を持って、都市を創出している。それが外に向かって社会へ
影響を与えていく。つまり、教会の中での年寄りと若者の関係、
男性がどう女性を扱っているか。父親がどう子供と対してるか。
会社の社長がどう、ビルの掃除のおばさんと関わってるか。
(スモールグループで祈りあってるかも)異なる民族同士が
愛し合い、仕えあっている。そういう姿が外の社会への証と
なってゆく。

ユダヤ教は民族の壁を越えられない。(良きサマリヤ人のたとえ) 
神道は日本人を越えられない。(自国民族の優位性を歌い上げる) 
でも教会は、クリスチャンは違う。いろいろな国のいろいろな立場
の人が一緒に神を礼拝し、愛し合い、主に仕えてる。これは奇蹟
なのだ。主の十字架の為せる業。世の人は「なんでだろう?」と
不思議に思う。


伝道し、人が救われ、我々のコミュニティにつながることは単に
この世のクラブ活動とは違う。単に教会のメンバーを増やすという
次元の話ではない。真の社会改革、コミュニティ改革。東京という
都市の中に「新しい都市をクリエートしている」そしてその神の
CITYがひろがり、東京が神のCITYになってゆく。それが日本の
改革へとつながっていく。

エルサレム教会VSアンテオケ教会。アンテオケは10倍でかい都市。
他民族都市。いろんな文化が入り乱れ、誘惑も多い、しかし、
そういうところでこそクリスチャニティは栄える。より外へ向かって
影響力が広がってゆく。 エルサレム教会は保守的な守りの教会で
あったのに対し、国際的都市アンテオケ教会から世界宣教が
はじまっている。


福音のパワーを信じて、そのパワーが表わされる
ことを信じて、都会のど真ん中にいなければならない。


アメリカで人口の3%しかないホモセクシャルがああも影響力を
もつのか、それはマスコミの持つ力、発言力。社会の価値観作りに、
マスコミ(新聞、テレビ、映画、)とITが鍵となる。そういった意味で、
汐留サイト、六本木ヒルズなど東京のメディアセンターは意味を
持ってくる。

ではインフルエンサー(影響力を与える人)が持つ特徴とは
“Influentials” by Jon Barry and Ed Keller

1. Convictions 確信
2.Activists 行動力
3.Articulate  伝達能力
  4.Widely Read  情報収集力
   5.Widely Networked  ネットワーク力


友人の宣教師、Scott Crosbyいわく、「 クリスチャンとして我々は
この世に伝道するだけでなく、この世を御心に沿って形作るよう
にも召されている。」


そして、今日のリーダーのもう一つの特徴はよき「感性」をもって、
「新しいことを考え出す人」であろう。ビジネス書 ダニエル・ピンクの
ハイ・コンセプト(副題:新しいことを考え出す人の時代)では
重要なマインドセットのシフトが提唱されている。

•1.機能だけでなく「デザイン」
•2.議論よりは「物語」
•3.個別よりも「全体の調和」
•4.論理ではなく「共感」
•5.まじめだけでなく「遊び心」
•6.モノよりも「生きがい」

我らの神は21世紀の神でもある。神は「今」を生きている。
神に時代遅れはない。なぜ、教会が時代遅れになってしまうのか。
最もエキサイティングな人、イエスがいる場所である教会が最も、
退屈な場所となってしまっている。教会がこの時代に影響を
与えてゆくために、この時代の人々を愛し、この時代の人々に
届くため、真理はまげずに、しかし、大胆に変化すべきところは
変化してゆくことが求められているのではないか?

2009年6月17日水曜日

若者は第4空間へ

「若者は第4の空間へ」

社会学者の宮台真司氏によると、最近の若者
は「仲間以外はみな風景」という意識だそうだ。

だから電車の中で化粧する。人前でキスする。
「旅の恥は掻き捨て」と言うが、どこまでを
「郷」とし、どこまでを「旅」とするかの範囲が
変わったという。教室の中は2-4名の小グループ
に細分化している。教師がクラスメートは仲間だから
仲良くしようと言っても、仲間ではないという意識
になっている。仲間、「郷」の範囲が極端に狭く
なってしまった。「半径5メートル以外は関心ない」
というフレーズもあった。

女子高校生にとっては家、学校、地元、は窮屈な人目
のあるところであり、第4の空間としての大都会、
や別の駅は「何でもできる」空間となっている。
そして、ホンネで生きられる第4空間へ流出する。
成績優秀な「いい娘」が違う町で体を売っている。

マイホーム郊外団地の夢は幻となり、地域共同体は
崩壊し社会は風景と化す。郊外に家は建っても家庭が
無い。団欒は無く、家族は、それぞれの個別の生活を
している。

情報は近隣の顔見知りからより、不特定多数の
インターネット上で得る。一人住まいのアパートと
コンビニ。誰も見てないところでのレディースコミック
などの性の誘惑。茶髪の女子高生は都会に同化し、
宮台氏の表現では、


「都市を構成する軽い記号と化す。」


つまり、名前を持った自分を忘れ、軽い身体となって
都会を浮遊する。宮台氏はこう語る。

「結局80年代のコンビニは、家、学校、地域に居場所の
なくなった子供たちに最後の居場所を提供すると同時に、
彼らを家、学校、地域から第四空間=都市的現実へと解放
するという両義的な機能を体現していたのだった。」

家や地域社会はハイテンション、(地域や家は学校の
出店となった)街はまったり漂えるローテンションの場
となった。息がつまる若者たちが第4空間へと逃げ出した。

一生懸命勉強して、いい大学に入り、いい会社に入り、
郊外に家を買って、いい生活をするとう夢が幻想となった
今、後戻りはできないだろう。となると、都会での新しい
コミュニティの創出が必要ではないか? 


そしてこれはクリスチャンにとってはチャンス
ではないだろうか?

宮台氏はマニュアルやポリシーで若者を規制できないが、
スゴイ人、つまり、利他的な人の純粋な情熱は人に
感染するという。人から人への感染という形で、
人が変えられ、社会が変えられていく。まさに

イエスはそういう存在だったのだ。

ニューヨーク、リディーマー教会の牧師、ティム・
ケラー師は

「教会とは都市の中の都市なのだ」

と言った。イエスを中心とする命あるコミュニティ。
組織やプログラムより関係が重視される
オーガニックチャーチこそ今、東京で必要とされて
いるのではないか?

リバイバルは教会観のマインドセットを変えるところ
から始まるような気がする。

2009年6月15日月曜日

脳化社会としての都市

「脳化社会」としての都市

バカの壁で有名になった脳解剖学者の養老孟子は、
都市は脳化社会であると定義する。

人間は頭の中で考えた事を実現してきた。長距離を
走り、空を飛び、海の底にまで交通技術の発達に
より可能となった。寸分たがわず、電車を走らせ、
自然を追い出し、人工的な空間を作り上げてきた。
シンガポールに行けば、ここが昔ジャングルだった
とは思わない。自然は人間にとって、こわいもの。
それを脳の中で考えた技術で治めてきたのだ。
従って、脳化社会とは、予知と制御

(prediction and control)であり、「こうすれば、こうなる」

の世界である。これはラプラスの悪魔を思い起こさせる。

「ある時点での完全な状態と、それを支配する法則が
判れば、その現象は完全な予知と支配と制御の
もとにある」という世界観である。人口空間、
仮想空間では自然は気持ち悪いもの、排除すべき
ものとなると養老は語る。

人口空間 - 都市
仮想空間 - 官僚制、法律、家制度
自然の排除 - 身体、死体、性、暴力、食事、服装

人工空間の都市にあって、住んでいる人間は人工
ではなく、自然(神)の創造物なのだ。都会では、
だから、人間の裸は覆われなければならず、隠れた
ところにトイレを配置する。あたかもそれは存在しな
いかのように。死体は道路に廃棄されず、死んだ人を
なるべく、見なくていいようになっている。死のリアリティ
を失いつつある。

ギネスブックには両腕を事故で無くした男女がロボット
アームで握手している写真が載っている。人工心臓、
人工アーム、人工腎臓、それはある意味では福音だが、
どこまで機械が取り代わるのだろう。脳の記憶を
カセットのように取り出して、他人と入れ替えたら
同人物と言えるのだろうか。
すでに「トランスヒューマン」という言葉さえある。

文字をスキャナーで絵として取り込み、パソコン上で
編集可能な文字とするOCRの発明家である
レイ・カーツワイル氏がシンギュラリティ・ユニバーシティ
の主幹に抜擢されたという。シンギュラリティとは
物理学の用語で「特異点」と訳され、ブラックホール
の先端や、宇宙のはじめの点とされ、ここでは、
行き着く先というような意味だ。

最近は「技術的特異点」という言葉があり、このまま
加速度的にコンピューター技術が発達してゆくと、
機械が人間の脳の働きを完全にシミュレートできる
ようになり、人工知能が人間の能力を凌駕し、果ては、
人口知能が人間社会の方向性まで決定してゆく力と
なるというものだ。コンピュータを脳に直接つなで、
末期ガンの患者に脳内バーチャルでテニスを楽しみ、
ステーキをほおばる楽しみを提供できると同時に、
脳の命令通り動く、ステルス戦闘機も可能になる。
この大学はいかにその技術的特異点を安全に乗り
越えてゆくかの準備をするところだという。


しかしだ、非合理なものは完全排除されるのだろうか?
20世紀初頭、宗教は無くなると言われたが、なんと今は
スピリチュアルブーム。無意識やメンタルトレーニングが
重視され、唯物的無神論は過去のものとなっている。
2008年5月29日の読売新聞には興味深い統計が
載っている。

何か宗教を信じていますか Yes:26% No: 72%

なにか人間を越えた超自然な存在を
感じたことありますか: Yes: 56%

死後どうなると思いますか?
生まれ変わる: 30%

他の世界へ移される:24%
無になる: 18%

科学の分野でもパラダイムシフトが起こっている。
近年のカオス理論。コンピューターの発達により、
初期のわずかな誤差がどう、結末に影響するか
計算できるようになった。人間が完全に初期設定
できるのか?アフリカの蝶が羽ばたくとニューヨーク
で嵐になるといったバタフライ効果が言われる
ようになった。

ハーバードの物理学者リサ・ランドールは「異次元
は存在する」という本を出している。
科学者が見えない異次元が同時並行的に存在して
いると言い出している。量子物理学でも
まったく物質の概念が変わってしまった。
(ミクロ単位では物質は波動となる)実際、量子物理学
の大物達は東洋思想に傾いていった。

脳科学でもどうして物質である脳細胞
(大脳新皮質の140億のニューロン)がネットワーク
されると「意識」が立ち上がってくるのか、いまだに
難問題となっている。いずれにしても今日の科学
では「意識」がテーマになっている。

今後も「都市」と「脳」と「スピリチュアル」はテーマと
なり続けるだろう。

2009年6月8日月曜日

未来都市 TOKYO

「未来都市TOKYO」

2016年、東京オリンピックが開催されるかも
しれない。東京は話題をかかない。

東京ベイゲノム計画を紹介しよう。一言で言うと、
ITのメッカ、シリコンバレーのバイオテクノロジー
版を東京にという計画である。2003年、すでに
ヒトゲノムの解析が終わっている。IT産業の次は
バイオテクノロジー、とくにヒトゲノム解析の次に
必要なタンパク質研究では 日本が世界をリード。
2010年まで25兆円産業になると見積もられている。

「東京ゲノムベイ計画」(新井賢一 著 東京大学
 医科学研究所所長)


もう大分前になるが1992年 2月7日号のニュートンに
日本の未来都市構想が取り上げられている。清水建設
は空中立体都市 「TRY 2004」を提案。底辺350M,
高さ2400Mのピラミッド型のパイプにビル郡を入れて
しまう。最高100Mのビルまで入れられる。このジャングル
ジム構造は太陽の光や風を通し、パイプの中は交通網
となる。100万人が生活できる。

しかし、極めつけは大成建設のX-SEED4000だ。
何と、高さ4000M の巨大建造物が東京湾の直径
6KMのフローティングの基盤に建てられる。2050年の
完成を目指し、70万人が居住する。2000以上は研究所や
リゾートエリアとなり、仕事、ゴミ処理、教育、住居、
エンターテオメント、セキュリティなどすべて自己完結
システムとなる。施設内はリニアモーターカーで移動する。
フローティングにより温暖化による海面上昇に
も対応可能か? 

1990年 大規模浮体構造物の建造、設置を目的とする
マリンフロート推進機構が発足している。関空など、
すでに実現しているものもある。フローティングの場合、
水深に関係なく建造でき、経済的である他、環境への
影響も少なくて済む。

近未来 日本の人口の3分の1が東京圏に住むということ
になると、建造物は上に向かうしかない。竹中工務店の
縦型都市構想スカイシティ1000では14層による空中
台地を積み重ねることで1000M級の建造物となる。
1層が一つの町のようであり、1層が1丁目、2層が2丁目と
呼んでもいいだろう。地下にはゴミ処理施設があり、
1フロアの中心はグリーンの公園、ビルの壁側にマンション
が取り巻いている。すなわち、中央部の公園は全天候方
でテニスコートもある。

ちなみに、2030年完成を目指す、ニューロンコンピュータ
登場により、コンピューターによる、判断、推理、予測、
全体把握が可能になるとさらにセキュリティ、防災を含め、
人間社会をコンピューターが管理するようになると思われる。

国際都市TOKYOにとって、成田と東京都心を結ぶ距離
が問題となっている。フジタの地中飛行機構想(Geoplane)
が1989年にすでに提案されている。飛行機は湾岸上の
人口島に着陸。リニアモーターカーの台車に乗って、地下の
トンネルに入り、都心の大深度地下にあるエアターミナル
までノンストップで運ばれる。さらに日本の主要都市間も
50m-56mのトンネルで結び、トンネル内を時速600k
で飛行機を飛ばす。東京―大阪間は50分で。同じトンネル
を物流、情報ラインとしても利用する。

ともあれ、東京は日本なのだろうかという疑問がある。
無国籍化、人工頭脳化するTOKYO。

「東京はTOKYOであって、日本でもなく、東京ですらない」

とは都市学者若林幹夫によってすでに言われている
フレーズだ。 (「都市からの視線」青弓社)

東京をどうするかは日本をどうするかと同じレベル
では語れない。

2009年6月1日月曜日

魅力ある街、東京

「魅力ある街、東京」

まず、東京はメディアのセンターである。東京に人と
情報の集積が進み、港区は情報の発信基地となって
いる。テレビ局はNHKを除きすべて港区にある。大手
出版社もかつては京都や大阪にもあったが、いまは
東京の都心だけとなった。今日、六本木(テレ朝)、
シオサイト(日テレ)、そしてお台場(フジTV)で作られる
番組が北海道から沖縄の離れ島まで、日本中で放映され、
若者のライフスタイルに影響を与えている。

東京は魅力ある街、だから、東京に移り住む。
賃料が高い六本木ヒルズもIT関係企業の若い高額
所得者が六本木ヒルズレジデンスに
多く住むようになった。地価は上昇している。

東京は魅力を増し、人口は増え続ける。地方出身者も
東京で働いた人は東京を離れない高齢者にとっても
医療機関の環境など、魅力がある。さらに東京の
無国籍都市化が進んでいる。 六本木では日本人
ビジネスマンと中国人女性とのお見合いコンパが
開かれている。ちなみに外国人として一番多いのが
中国人、そして韓国人と続く。 現在、日本では
16組に1組が国際結婚。

都心の教会にはアメリカ人、韓国人、はもちろんのこと、
中国人、タイ、フィリピン、インド人、ミャンマー人などが
集っている。まさに東京は、いながらにして世界宣教が
できる場所なのだ。


「宣教の視野から見た大都市東京」

パウロは「都市への使徒」(City Apostle) であった。当時の
貿易の中心地コリント、エペソ、ついには世界の中心 
ローマに福音を伝えた。世界の道がローマに通じると
いわれるローマで宣教する意味は言うまでもない。イエスの
死と復活はエルサレムで起こった。

そして、ペンテコステ(聖霊降臨)、教会の誕生は
エルサレムで起こった。エルサレムはイスラエルの首都。
日本で言えば東京なのだ。そこから福音は世界に広がった。
知られているヨーロッパルートだけでなく、当時、シリアから
シルクロードを通って中国へという西ルートによる伝播も
あったのだ。唐の時代、長安ではキリスト教は景教と呼ばれ、
大秦寺という教会まであったのだ。

ともあれ、使徒1章8節の
「エルサレム、ユダヤ、サマリアの全土、および地の果てまで」
が実現した。

発信地は首都エルサレムだったのだ。

2009年5月25日月曜日

東京はどうなる?

変貌する大都市、東京
データ資料「不動産は値下がりする」 
(江副浩正著 中公新書ラクレ)より

汐留シオサイト、品川インターシティ、六本木ヒルズ、ミッドタウン、
最近は赤坂BIZと次々と新しいオフィスビルが建ち、住居空間が
創出されている。品川では3万人が生活(仕事ではない)する
空間となる。

東京は大変貌を遂げている。東京都が秋葉原を「日本最先端
のIT拠点」とする構想を出した。再開発の拠点「秋葉原
クロスフィールド」がすでに完成。古い電気街と違う新しい顔が
見え始めている。東京駅前にも両端にタワービルが完成。
丸ビルも新しくなり、レストランなど、エンターテイメントの
要素も加味し、土日に人気のない丸の内に人が集まってきた。

不動産状況はどうだろうか。超高層マンションの建設予定数は
東京23区で関西圏の2倍。戸数にして3倍から4倍に近い。
やはり東京はモンスターだ。しかし、ワンルームマンションは
供給過多。都心以外では値は下がっている。港区の3A,
青山、赤坂、麻布では土地の平成16年から19年で、
単価は2倍近く上昇。江東区、品川区、大田区は埋め立て
により面積が増大した地区。千代田区、港区、新宿区、
中央区ではオフィスビルの空室率は低下してない。

大事なポイントは日本の人口が降下を始めても、東京の
人口は増加しているということ。

かつて多摩ニュータウンへ新居を構えた次世代が都心に
戻ってきている。都会への回帰のトレンドが鮮明になって
きている。外国から来日する人も増え、外資系ホテルは満室に
近い。中央区開発は3つのゾーン。

(つづく)

2009年5月20日水曜日

これから教会はどうなるのか?

「これから教会はどうなるのか?」

まず、CNNのリポートを紹介しよう。
―――
米国の成人の半数以上に、1度でも信仰する宗教を変えた
経験があることが、調査機関ピュー・フォーラムが27日に発表
した調査結果で明らかになった。「無宗教」の割合も増えていた。
調査は全米の成人2867人を対象に、生まれ育った家庭の宗教
と、現在の信仰する宗教について電話で調査。同じ宗教でも教派
を変えたり、同じ教派でも教会を変えた経験などを質問した。

その結果、子供のころと違う宗教を信仰しているとの回答は
44%で、子供のころと同じだが過去に1度でも変えた事が
あるとの回答9%を含めると、過半数以上が宗旨替えして
いたことが明らかになった。

変更の理由は「引っ越し」や「結婚相手の宗教に合わせた」と
いったことから、「通っていた教会の牧師が嫌い」、「別の教会
の牧師の方がよかった」など多岐にわたっている。

一方、生まれ育ってから一度も宗旨替えしていない割合は
47%と、過半数を割り込んだ。

また、「信仰している宗教がない」という無宗教層が急激に増加し
16%に達した。宗教を信仰しなくなった理由として、「宗教心に
篤い人々は偽善的で物事を一面だけで判断する」といったことや、
「宗教指導者がお金や権力にこだわっている」といった批判的な
もののほか、「科学により宗教がある種の迷信だとわかった」
ことなどを挙げている。
――
教団離れ、金銭、権力にこだわる組織的教会に批判的な人が
増えていることが見られる。

では既存の教会はどうなってゆくのか。バナーはこう予測する。

「アメリカでは現在の形態のような地域教会が減るだろう。
クリスチャンは様々なミニストリーへの献金が増え、その分、
教会に対する献金は少なくなる。クリスチャンは様々な働きを
通してその影響力を発揮するようになり、すでに弱まっている
教会の政治的かつ文化的な影響力はさらに弱まるだろう。
わずかとなった教会行事は、教会員のためだけに行われる
ようになる。教会から給料をもらっている牧師は減少するに
違いない。教団は人員を削減し、理事会はこれ以上の大量
損失をとめるために会議を減らすようになる。」

実際、日本のある教団の理事長から、最近は一般の仕事を
している牧師も多く、日中の時間帯に理事会を持つのが難し
くなっていると聞いた。

ある人はこれを教会の大没落と思うかもしれない。

「しかし、革命家にとってこれは教会が覚醒する良いチャンス、
大覚醒の時なのである。新しいシナリオは混乱でも消失でもない。
教会が本来の教会―私達が知っているような教会ではなく、
神に応答し、神を反映する教会―になる出発の日である。(114)」 
とバナーはむしろ希望的観測を持っている。

バナーは「革命家」という言葉を使う。最近、霊的なアメリカの
指導者たちも「クリスチャン」(寺の檀家のように信仰とは関係
ない場合が多いので)と呼ばずに「イエスに従うもの 
Follower of Jesus, とか、「イエスの弟子」と呼ぶようだ。
バナーの言う、革命家とはこうだ。

「本当の革命家は信徒の集まり(すなわち教会)から離れる
ことが反聖書的であることくらい知っている。しかし、教会に
行かないからといって、彼らが教会から孤立しているとは限らない。
彼らは、特定の個人や特定の集団指導者の下で、決まりきった
儀式や習慣を繰り返す特定の信徒の集団に属していない
だけである。しかし、彼らはグローバルな教会にも属さな
いのではない。私がインタビューした革命家たちは、皆、
クリスチャンのネットワークを通して頻繁に連絡を取り合い、
定期的に霊的な活動を行っていると語ってくれた。
このようなネットワークによるつながりやミニストリーへの
参加こそ、革命家にとっての正統的な教会生活なのである。
(123) 
彼らは大抵、熱い信仰を守るために教会を離れてゆく。(124)」


神はこの日本でも、この東京でも、新しいイエスの命である教会
をはじめてくださっています。21世紀の神は21世紀の人々に
届く方法をお持ちです。イエスは現在進行形です。
今も生きて、働いています。

2009年5月10日日曜日

でも教会に行かなくては?

「でも教会に行かなくては」との質問が当然出てくる。それに対し、
バナーはこう答える。

* 聖書には今日私達が知っているような教会の姿は描写されて
  いないし、勧められてもいないことにお気づきだろうか。現在の     
  ような「教会」は何世紀も前に、宗教指導者たちが人々をより     
  よいキリスト教徒にするために作り出したものである。しかし、
  多くの人たちが重要だと思っている教会―礼拝、職務、行事、
  建物、儀式―は聖書的でも非聖書的でもない。教会は無聖書的
  なのである。すなわち教会組織は聖書には書かれていないのだ。                                                               
                                     (44)
* もっと端的に言うならば、革命とは私達が教会に「行く」ために     
  召されているのではないことを認識することである。私達は一人     
  一人が教会に「なる」ために召されている。  (46)

* 事実、聖書が一緒に集まらなければならないと言う時、教会の    
   礼拝やイベントを指して言っているのではない。ヘブル10:25.    
   このような集まりは教会の礼拝だけでなく、スターバックスでも    
   行うことが出来る。クリスチャンの友人宅でごちそうになりながら    
   行うことができる。 (121)

* 事実、神を礼拝することと、「教会における集会」を結びつける     
  聖句は聖書にはない。 (121)私達は霊とまことをもって純粋に    
   定期的に神を礼拝しなければならないと書いてあるだけである。    
  (121)つまり、弟子たちと一致して生きる方法を自由につくり    
  上げてもいいということである. (123)


クリスチャンが交わりの中にいることは絶対に必要だ。またミニチャーチ
やハウスチャーチのリーダーたちが共に研修したり、励ましあったりする
ネットワークも必要だ。カルト化しないために、アカウンタビリティは必要で
ある。 しかし、そのやり方は多様性があるのではないか。郊外型の教会
の形だけが 唯一絶対という訳ではないだろう。

皆さんはどう思われるだろうか?

2009年5月6日水曜日

影響は外へ

「影響は外へ」

今後、キリスト教の影響力は教会の外側に向けて
出てゆくと予想される。

米国マーケットリサーチ会社のジョージ・バナー氏は
こう述べる。

「私は国民調査機関を通じて人々の動向を調べた結果、
2025年までにアメリカの霊的環境は大きく変わる
との結論に達した。つまり、アメリカ人が信仰を体験し、
信仰を表明する場所として、3分の1は教会を3分の1
は教会ではない信仰の共同体を、残りの3分の1は
マスコミや芸術、カルチャーセンターなどを選ぶと
予測する。」
                   (レボリューション)

すでにその兆候はミニ・ムーブメントとして見られる
という。そして、今後、それらは増加してゆくものと
思われる。バナーは霊的トランスフォーメーション、
すなわち人生を変える働きは地域教会と関係があると
思い何年も調査したが、地域に影響を与えている例は
稀でることを発見した。むしろムーブメントが教会外で
起こっているのだった。

以下、バナーの「レボリューション」から引用しよう。
「神はこのような数々のミニ・ムーブメントを通して多くの
人に影響を与え、文字通り何百万という人々に福音を
届けていることが明らかになった。あなたも、
もしかすると、知らず知らずのうちにそういった人々と
のつながりを持っているかもしれない。霊的なミニ・
ムーブメントにはホームスクール、シンプルチャーチ
フェローシップ(たとえば家の教会など)、聖書的世界観
に立脚しているグループ、経済界におけるミニストリー、
信徒訓練のネットワーク、クリスチャンにより創造芸術
団体などがある。(P.59)・・・・

神はミニ・ムーブメントに参加した人々の思いや心の中
に信じられないようなトランスフォーメーションを起こして
いるのである。・・誠心誠意神を求める時、神は彼らを
革命家として建て上げるのである。」(P.60-61)


そして、ミニ・ムーブメントの特徴として以下を揚げている。

1.神に対してまっすぐな信仰を持っている人たちの間で
  起こっている。信仰優先。

2.個人的な関係を大切にする。お互いの絆を強める。
  体験談の分かち合い。

3.明確なグループ目標。霊的成長を促すことが目的。
  (数じゃない)

4.個人の人生に深くかかわろうとする。


神に出会う方法や場所には多様性がある。教会の建物の
中だけとは限らない。教会はギリシア語のエクレーシアの
翻訳だが、漢字に訳された時、「教える会」になってしまった。

本来は「ある目的のために召しだされた者の集まり」で、
国会議員もエクレーシアである。実際、当時は「議会」の
意味でも使われていた。教会は人々(キリストにある交わり)
であって、建物や礼拝プログラムのことではない。

教会は「行くところ」ではない。

あるクリスチャン達はDoing Church As a Team という。
大事なことは「集まる」ことできまった儀式をしなければな
らない訳ではない。もし、朝10時半からの建物の中の
教会礼拝しか正統的でないならば、夜中働く、TVの
ディレクターや新聞記者は永遠に礼拝の恵みにあずかれ
ないことになる。

むしろ、彼らのライフスタイルにあわせて、集まれないだ
ろうか。イエスは教会という建物の外にもいらっしゃる。
会社のデスクの前にも、証券会社の電光掲示板の下にも。
365日の主。月曜から金曜の主。マーケットプレイスの主。
日曜クリスチャンからの脱皮。それを体験したいミニ・
ムーブメントが起こっている。

多くの人は教会の壁の中で何が行われているか知らない
でいる。それは彼らには別世界なのだ。しかし、赤坂の
カフェで、品川のレストランで、渋谷の会社の会議室で
「集まり」祈り、交わっているクリスチャンの群れを
筆者は知っている。そこでは先生が一方的に
メッセージするのではなく、お互いの人生を分かち
合っている。全員参加型の教会なのだ。お互いが
主人公なのだ。

また、与えられた賜物を用いて、芸術など文化を通して
神を証する人もいる。高島屋で個展を開き、アーティスト
トークとして証し、教会の伝道会では届けない人々に
イエスを伝えている芸術家を知っている。イエスは会堂で
教えると同時に、町々、村々を行きめぐり、日常的に
人々にかかわり、影響を及ぼしていった。人々は日常的
に生活の場で、イエスに触れたのである。

2009年4月27日月曜日

コミュニティの必要性

「コミュニティの必要」

ことに現代人にとってコミュニティのニーズは
重要である。

マクグラスは「昔、共同体は、自分がどこに住むかで
定義された。それは、親から受け継いだ秩序の
一部であり、生まれつきのものであった。今では、
共同体は創り出されなければならず、それを創り
出すのはますます、自発的な組織となっている。
驚くにあたらず、アメリカ社会全般で、社会的諸力が
共同体を破壊していく今、キリスト教会は、戦略的に
共同体を創り出すべき場に立たされている。

コミュニティ教会は、ことに効果的にこの役割を
果たしているのである。」   (91)と語っている。


仕事場でも、遊びでも、近隣でも、家庭でさえ、
コミュニティの要素を失いつつあり、デジタル文化
が後押しして、コンパートメント化、孤立化が加速
されている。東京都都内では7割がひとり暮らしと
聞いている。プライベートを重視する学生や若い
社会人も一人で住むことを好むだろう。どこへ
行っても表面的な付き合いで、人生を語り合う
「場」が失われつつある。孤独死する老人も多い。

とくに男性が孤立化しやすい。そして自殺しやすい。
そのニーズに答え、教会が戦略的にコミュニティ
を創出しなければならない。


新しい流れの教会では、日曜の礼拝に行くにしても、
大部分の牧会、宣教はセルチャーチ、ミニチャーチ
と呼ばれる週日の教会建物以外での少人数の集まり
を通して行われるのである。そちらが本質的な教会
なのだ。日本では10名以下だと伝道所、30名を越え、
経済的に自立すると「教会」と呼んだりするが、聖書
が語っている教会の本質から再考する必要があるの
ではないか。

大会堂の中に大人数が集まっていても、挨拶程度で、
人生を分かちあう仲間がないならば、それは教会
だろうか?

2人でも3人でもイエスの御名によって集まるところに
主はおられるのだ。そういったスモールグループの
中で人が変えられてゆく。最近はすばらしいメッセージ
ならインターネットでも聞ける。しかし、顔と顔を合
わせての、親密な霊的な交わりは代替えできないのだ。 

(次回に続く)

2009年4月20日月曜日

キリスト教界のメガトレンド

「キリスト教界のメガトレンド」

筆者は21世紀を向かえるにあたって、教会論(教会とは何か)が
主なる課題となるであろうと直感した。2000年、淀橋教会で行
われた「東京断食祈祷聖会」の分科会にて「21世紀キリスト教界
のメガトレンド」と題して講演させていただいた。そのポイントは・・・


1.宣教の双方向性 

  つまり受け取りつつ出てゆく。宣教師が欧米から一方通行で送ら
  れるのではなく、アフリカから宣教師が東京やニューヨークに来る
  時代。またこれは、神学の西洋帝国主義からの脱皮をも意味する。
  今日神学はヨーロッパからアメリカさらにはアジア、南米と多極化
  しつつある。


2.教派的縦ラインから地域超教派的横ラインへ 
  
  つまり教派主義が薄れること。地域や都市を勝ち取る現場での
  パートナーシップが推進されること。AEマクグラスは現在、アメリカ
  では教派よりも、個人の好みで教会を決める傾向にあると指摘し
  ている。


3.中央集権的支配から現場での創造的なミニストリーへ。

  2に関連して、中央オフィスから現場の戦略をマイクロマネージ
  しないという意味。現場は現場にまかせる。宣教的には土着のやり方
  を重視する。


4.教条主義から社会的責任を負う、実践主義へ
  
  正統的神学を持つだけでは十分ではない。正統派と看板を掲げるだけ
  では十分でない。世はクリスチャンの実践を待っている。


5.組織としての教会から愛の生活共同体(コミュニティ)としての教会へ。
 
  つまりセルチャーチ的な賜物を生かしあうチームワークによるチャーチ
  プランティングの進展。


6.分派主義から聖霊による一致  

  一時のような福音派、カリスマ派のような対立の壁は崩され、一致に
  向かうであろう。聖書的には「聖霊に満たされた人」と「肉の人」の
  違いしかない。再び、聖霊の強調がなされるであろう。スピリチュアルな
  時代に霊に対する扱いが避けて通れない。


3.教職中心から信徒運動へ 
  
  講壇からマーケットプレイスへ。クリスチャンの影響は教会という
  建物の外へ。



を揚げさせていただいた。現状を見るとそのように動いている。AE.
マクグラスは「キリスト教の将来」の中で、20世紀最後の10年間は
「教会であること、教会のあり方」のいくつかの新しいモデルが急造
されたとする。彼はプロテスタント教派は本質的にヨーロッパの現象
であると前提する。そして、ヨーロッパ的伝統を受け継いだ、アメリカ
や日本にある伝統的「教会」が生き残れるのか?

さらにマクグラスはアメリカでは教派の強調は薄れ、人々は
「個人の好み」で教会を探すようになっているという。しかし、それが
人々を獲得しようとするキリスト教のマーケッティング化し、教会の拡張
のための商業的取り組みにつながっているという。さらにそれが、
キリスト教のマクドナルド化(効率、算定可能性、予測可能性、管理)
に発展していると。

信徒数がモノを言う、商業的教会に反発して起きてきたのが
コミュニティ教会であり、ハウスチャーチ、セルチャーチである。
数より深み(命)を強調している。さらに制度的教会に対して、キリスト
の生命体を強調するため、オーガニックチャーチという表現も
ある。

コミュニティを失った現代、人々は教会に真のコミュニティを
求めているのではないか? 
                          (次回へ続く)
 

2009年4月15日水曜日

今、教会に何が起こっているのか?

TMC についての詳しい説明は 2008年2月5日の記事をご覧ください。
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これから数回にわけて、「今、教会に何が起こっているのか?」というタイトルで
連載記事を載せます。お楽しみに!

第一回
「今、教会に何が起こっているのか?」

リバイバル誌(2009年4月15日号)の「アメリカユース便り」という記事の中で、ユースミニストリーワーカーのジャレット・ブライアント氏のインタビューが載っていた。

その中でブライアント氏は「現在、アメリカでは83%の大人が自分の宗教をキリスト教と答えています。しかし、実際は10人中7人が教会に行くことをやめているのが現状です。エンターテイメントを提供して、人を喜ばすことばかりに目を向けていたら、教会は崩れていくと思います。」と語っている。

実際、ユースの人数が多い教会は、超大型フラットスクリーンが何台もあり、ゲームセンターのように何種類ものゲームがあり、おしゃれなカフェがあるという。

1970年代から急上昇した韓国の教会は数年前に1200万人いたクリスチャン人口が800万人に激減したという。韓国教会を視察訪問した尾山謙仁牧師は「韓国のノンクリスチャン一般が抱いている
キリスト教会に対するイメージは必ずしも良くないというのである。聞いてみると、日本人一般が日本の新興宗教に対して抱いているイメージに似ているのだ。韓国の教会は自分たちの勢力拡大しか興味を持っていない。立派な会堂を建て、信徒を増やし、予算を拡大し、その結果、牧師は優雅な生活を満喫している。社会に何も貢献していない、という大変手厳しい批判が広がっているというから驚きだ。」と報告している。(リバイバル誌4月15日号)

アメリカに話を戻すが、同様の指摘をマーケットリサーチャーのジョージ・バナーがその著書「レボリューション」で語っている。「彼らは大抵、熱い信仰を守るために教会を離れてゆく。」と。そしてアメリカの教会の現状をこう報告する。

* 10人に8人は礼拝で神の臨在を感じない。また神とつながっていることを体験したことがない、  
    と答えている。

* クリスチャンの半数は、過去1年間に神の臨在を感じたことが無い。

* 典型的なクリスチャンは1生の間、1人も救いに導くことなく人生を
  終える人が多い。

* 大方のクリスチャンは救いのため祈るとき、特定の人を思い
  浮かべずに祈っている。

* 新生したクリスチャンのうち、聖書的な世界観を持っている人は
  わずか9%である。

* 平均的クリスチャンは聖書の教えは正確であると思っているが、
  1年間に聖書を読む時間は、テレビを見たり、音楽を聴いたり、
  本や雑誌を読んだり、趣味や娯楽に興じる時間よりも短い。

* クリスチャンは平均して収入の3%を献金しているが、それを
  「犠牲的」な献金だと思って満足している。

* 兄弟姉妹に対する霊的な責任を果たしているクリスチャンは
  6人に1人である。

* 新生したクリスチャン夫婦で離婚に至ったカップルの数は、
  未信者の夫婦とほぼ同数である。


さてそうなると、一体「教会」とは何なのだろうかという疑問が出てくる。
(次回に続く)