2018年8月23日木曜日

「神の国=大日本帝国」VS「神の国=天の御国」


310万人の戦争犠牲者を出したアジア・太平洋戦争

8月15日、終戦記念日。夏が来ると思い出す先の戦争のこと。戦争の終結目標を立てずに始めた戦争。関東軍のフライングで始まった日中戦争。当時、軍は政府の言うことを聞かなくなっていた。大東亜共栄圏という名の下に本音は南方の資源獲得。資源がないから始めた戦争。戦闘地域はどんどん拡大。当然、守りは薄くなる。国力は持たない。結局は310万人の死者を出すことに。しかも、病気や飢えで死んだ兵士は戦場で死んだ兵士よりも多いという。日本から遠く離れたインドネシアやビルマのジャングルの中でついに故郷に帰れず、飢えと熱病で苦しんで死んでいった同胞を思うと心が痛い。


無謀とわかっていながら始まってしまった戦争

真珠湾攻撃の発案者、山本五十六は初めから日米戦争が無謀であることを知っていた。近衛文麿に戦争の見通しを聞かれ「やれと言われれば初めの半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。しかしながら2、3年となれば全く確信は持てぬ。」と答えている。ノンフィクション作家の保坂正康氏は「あの戦争は何だったのか」(新潮新書)で「無謀とわかっていながら、しかし、誰も『ノー』とは言えず、曖昧なまま始まってしまった太平洋戦争。」と記している。

真珠湾奇襲攻撃からフィリピン、マレー半島、そしてシンガポール攻略と破竹の勢いで勝ち進んだ日本軍だったが、ミッドウエイ戦より敗戦色が濃くなる。ガダルカナル島での戦いで約2万人の死者を出す。戦死者のほとんどが飢と疫病での死であった。大本営発表のウソはこの頃から肥大化する。国民にはウソをつき、無謀な戦略で若い兵士たちを無駄な死に追い込んだ。アリューシャン諸島のアッツ島の戦いから「玉砕」が始まる。昭和18年から狂気を帯びて来る。マキン島守備隊「玉砕」、タラワ島守備隊「玉砕」、サイパン島守備隊「玉砕」グアム島守備隊「玉砕」。
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さらに詳しく知りたい人は
「あの戦争は何だったのか」 保阪正康  新潮新書
「すべてわかる図解 太平洋戦争」 世界情勢を読む会 編著 日本文芸社


無謀な作戦の代名詞「インパール作戦」

体制を立て直そうと打って出たインパール作戦。もともと太平洋戦争は日中戦争から始まった。当時の敵国、蒋介石率いる国民党軍のバックアップをしていた英米国の補給路(援蒋ライン)を断つため、中継基地としてのインド領インパールをビルマ側から攻める計画だった。3つの師団長が反対する中、軍司令官牟田口廉也中将の恫喝的命令で事は進められた。反対する師団長は更迭された。日本軍は補給路もなく、兵士は雨期のジャングルを食料、武器の補給ないまま行軍した。敵の食料、武器、兵士の補給は空路により十分調達されていた。勝ち目はなかった。再び、日本軍は飢えと熱病で死んでいった。作戦は失敗。ついに退去命令が出て引き揚げが始まった頃には、兵士は力付き、道端で死に白骨化した。その撤退路は「白骨街道」と呼ばれたという。無謀な作戦を神がかりな精神論でカバーする。(今でも、一部の運動部や会社で続いていますね。)敗戦色が濃くなっていたが、「神国」日本が負ける訳が無いというプライドと信仰。再び神風は吹くという神がかった狂乱思想で突き進んでいた。

そして、カミカゼ特攻隊、人間魚雷「回天」、エンジン無しの爆弾機「桜花」と自爆攻撃に頼るようになる。小学生に「出てこい、ニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ、地獄に逆落とし」という品の無い歌を教える末期症状。ついには米軍の沖縄上陸。本土侵略の盾となって10万の兵士と20万の市民が亡くなった。「お国のため」とは何なのか? 誰を守るのか?当時、国とは「国民」ではなく、天皇制という「国体」であったことを忘れてはならない。「人権」という思想が無かったのだ。
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さらに知りたい人は小説「インパール」(高木俊朗著 文春文庫)


戦争はいつ終わったのか?

まずは、「終戦」なのか、「敗戦」なのかという議論がある。敗戦を認め、ゼロサムスタートで、自主憲法、独立主権国家を目指さなかったため、敗戦が永続しているという論もある。(「永続敗戦論」 白井聡 太田出版)ここではこの議論は割愛する。

ともあれ、戦争はいつ終わったのだろうか?日本人は8月15日が終戦の日と思っているが、いつが終戦なのか決めるのは実は難しい。7月26日にポツダム宣言が出され、日本はそれを受け取っていたが、国体維持できるのか議論中、連合国側には「黙殺」と伝わり、米国はこれを「否定」と取って、完成したばかりの原爆を長崎、広島の2箇所に落とすことになった。どうせ後に受諾したのであれば、7月の時点で受諾していれば、原爆の被害はなかったことを思うと何ともやるせ無い。

8月10日未明の御前会議で聖断が下され、14日に受諾通達。8月15日に玉音放送で日本国民は敗戦を知ることとなる。しかし、ポツダム宣言受諾の正式調印は9月2日、東京湾上の戦艦ミズーリー上で行われているので、海外では終戦は9月2日となっている。さらに7年間の連合軍の(実質米軍)占領期間を経過して、1952年、サンフランシスコ講和条約にてようやく敵国との講和が結ばれ、戦争賠償、領土の線引きなどの整理をし、(この時、国後、択捉2島を含む千島列島は放棄しています。)戦争が正式に終結し日本は独立主権国家(名目上)として認められる。サンフランシスコ講和条約と同時に現在の日米地位協定が結ばれ米国は実質、「好きな場所に好きなだけ軍を置き、しかもそこは治外法権とする。」ことが約束された。今でも米軍空軍基地の上空は米国の制空権であり、日本の旅客機は迂回して通っている。
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さらに知りたい人は
「日本はなぜ『戦争ができる国』になったのか? 矢部宏治 集英社


単純ではない9条問題

絶対平和主義の思想で作られた憲法9条(当時の吉田首相は野党の質問に『自主防衛のためでも軍隊を持たない。』とまで発言している。)は朝鮮戦争時のいわゆる「逆コース」で警察自衛隊を持つこととなり、それが現在の自衛隊(実質の軍隊)となった。そして、9条をかざし「戦争をしない」、「軍を持たない」と言ってながら、自衛隊という「軍」を持ち、世界最強の米軍の基地を国内に配置、米軍の核の傘の元に守られている。いわゆる「ずるい9条」状態を理解しないと9条の議論はYes, Noだけでは拉致があかない。9条は結局、米軍を抜きにした場合、軍隊を持たない丸腰絶対平和主義か、自衛の国防軍を持つという現実主義に帰結するしかない。永世中立国のスイスでも軍隊はある。



神の国」大日本帝国VSキリストの「神の国  

この似て非なるもの。2000515神道政治連盟国会議員懇談会において森喜朗内閣総理大臣(当時)が行った挨拶で「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知して戴く・・」と発言。これが問題の「神の国」発言。戦後55年も経っているのに、当時の総理大臣がこのような発言をしたことは驚きだが、戦中は当たり前のように天皇は現人神であり、日本は「神の国」であった。ここに2つを比較してみる。
 

大日本帝国               キリストの神の国
日本は天皇を元首とする「神の国」    キリストを王とする「神の国」
天皇陛下万歳!天皇参拝         Praise Jesus! 創造主を礼拝
皇帝史観—万世一系 世界観    創造、堕落、贖い、再生の神の物語
八紘一宇=世界は天皇の家族       すべてのものはキリストの足台
五族協和の王道楽土=満州        キリストにあって1
大東亜共栄圏              多文化共栄の御国
一億火の玉 一億一心          1つのキリストの体
大和魂精神注入(精神棒)        御霊の満たし   
滅私奉公 —お国のために       献身—御国のため、福音のため、
動機:権威主義、義務、恐れ       動機:自由意志、愛 


地上の帝国はいつか滅びる

1945年、終戦を迎え「大日本帝国」は滅んだ。これが事実。戦後、180度違う価値観で教育が行われるようになり、軍国主義から民主主義の国に転換した。今、我々は「大日本帝国憲法」下にはいない。新しい「日本国憲法」の下にいる。世の体制は移りゆく。エジプト帝国も、バビロニア帝国も、ギリシア帝国もローマ帝国も滅びた。しかし、キリストの「神の国」は滅びない。永遠であり、揺るがされることがない。戦時中、日本の民は「お国」のため死んだ。「欲しがりません、勝つまでは」のスローガンの元、犠牲を払った。その国は滅んだ。国体護持で守った天皇は国民のためには死ななかったが、神の国の王、イエスは我々のために死んだ。キリストの御国のためには本当に犠牲を払う価値のではないか?



愛は献身に先立つ

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のためになだめの供
 え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」
                         (1ヨハネ4:10)

「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」
                         (1ヨハネ4:19)

この順番を間違えると律法主義になってしまうのです。もちろん、聖書は「服従」、「献身」を要求しています。それは、私を愛し、私のために命を捨てた方(キリスト)に対して献身するのです。愛のゆえに献身するのです。イエス様があまりに素晴らしいので服従するのです。それ以外であってはなりません。

世と世の欲は滅び去ります。しかし、神の御心を行うものはいつまでも長ら 
 えます。」 (第一ヨハネ2:17)

「こういうわけで私たちは揺り動かされない御国を受けているのですから、感
 謝しようではありませんか。」        (ヘブル12:28)

あの310万人は無駄死にだったのでしょうか?インパールの白骨街道やガダルカナルで亡くなった兵士は思ったはずです。「日本へ帰って、本当の仕事がしたい。」と。「なんで、ビルマのジャングルの中で、馬鹿なリーダーの馬鹿な作戦を実行するため、雨の中を夜行軍し、アメーバ赤痢に犯され、マラリヤになり、死ななければならないのか。」と。実際、死んでウジが湧き。行軍についてゆけず見捨てられ、「捕虜となって辱めを受けず」と教えられ手榴弾で自殺させられたのです。そして、誰にも看取られず、ジャングルの中で死んでいったのです。何のために!それが本当に「お国」のためなんでしょうか?

神風特攻隊や、人間魚雷はSuicide bomb (自殺爆弾)と英語で訳され、アメリカの博物館ではStupid bomb(バカ爆弾)とまで書かれているそうな。ああ、私は、キリストの「神の国」のために献身できて嬉しい。神の聖、義、愛、平和が支配する国。それが御国。バプテスマのヨハネも、イエスもこの「御国の福音」を宣べ伝えた。福音とは「国」に関する知らせなのです。イエスの王国、神の国の到来。命と光の到来。希望の到来。誰も見捨てられず、一人一人が大事にされる王国。このためなら命を捧げる価値がある。パウロは言いました。

私にとって生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」
                      (ピリピ1:21)

「けれども私たちの国籍は天にあります。」   (ピリピ3:20)

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意味ある人間関係と祈りで広がるキリスト中心のコミュニティ
Tokyo Metro Community (TMC)
japantmc@gmail.com (栗原)