2014年9月30日火曜日

「脳には愛が必要だ」



生物科学者の見解によると、老化しないためには、常に「成長」のスイッチを入れる必要があるらしいです。

「成長」のスイッチを入れるための信号は、


○ 毎日の運動
   人を愛すること
   理にかなった食事
   参加すること


特に2番目と4番目。女性のほうが長生きする秘訣がここにありそうですね。肉体的には足から衰え、メンタルな面は感情から衰える。無感動、無関心になって老けてしまうのです。

数年前、岩波書店から出た本に「愛は脳を活性化する」という本があります。著者いわく・・・


「一般的に情は低次元の心の働きと思われがちだが、実際には情こそ脳という
 エンジンをもっともよく働かせるガソリンなのである。人は情が受け入れら
 れ、それによって意欲が上がると脳の活性も高まり、知が動くようになる。」


つまり、脳は「快」情報を受けると活性化し、「不快」情報を受けると働かない。極端な恐れがあるとフリーズしてしまうし、褒められ感謝されればやる気も出るという訳です。

どうやらコンピューターと脳の大きな違いは「愛」にあるようです。

愛し愛される人はいつも若々しくいられるってことですね。

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意味ある人間関係と祈りで広がるエクレシア

Tokyo Metro Community (TMC)
japantmc@gmail.com (栗原)











2014年9月24日水曜日

ここがヘンだよ、キリスト教



 白井聡氏の「永続敗戦論」が話題になりました。白井氏は今、言葉を整えることが大事だと言います。「敗戦」を「終戦」、「占領軍」を「進駐軍」と言い換え実態を誤摩化してきたのが日本の歴史だと。「敗戦」を認めなければ、敗戦状態が継続していく。そうしないと、戦後レジームの脱却は本当にはできないという論法で興味深いですね。ところで、キリスト教界も長い間に実態と離れた言葉が根付いてしまいました。


キリスト教?
仏陀の教えで仏教。キリストの教えでキリスト教? いえ、本質はキリストの教えではありません。キリストご自身です。初代教会では「この道」と呼ばれていました。キリストに従うライフスタイルだったので、道のほうが合っているようです。ちなみに「クリスチャン」という呼び名はイエスキリストに反対する人達があだ名として付けたものです。

提案:アメリカでは「クリスチャンです。」と言っても、信仰より文化になってしまっているので、ボーンアゲインクリスチャンと言う時期もありました。最近ではFollowers of Jesus, Disciples of Jesusという場合もあります。そのほうが実態に近いでしょうね。日本語だと「キリストの弟子」でしょうか?お茶や、お花の「師匠と弟子」の関係だと分かり易いですけどね。彼らはマニュアルで学ぶのではなく、師匠の生き様から学び取るものですよね。


教会?
教える会? もともと教会を指すギリシア語は「エクレシア」で、建物に言及されている箇所は一カ所もありません。イエスを信じる者の「群れ」、つまり人々のことです。目的を持って集められた「人々」のことです。

提案:地上に法人組織として存在する教会と聖書が本来語っている「イエスを信じる者の群れ」としてのエクレシアは区別したほうがよさそうです。クリスチャンの集まりを本来の言葉「エクレシア」と表現するのはどうでしょう?

教会に行く?
ですから、本来、「教会に行く」という表現はおかしいのです。私達が「教会」そのものなのですから。また、日曜礼拝に参加することを「教会に行く」と表現することが多々あります。しかし、「礼拝」=「教会」ではありません。厳密にはその地域にいるクリスチャンの集まり(エクレシア)が日曜の午前中、ある建物に集合して「合同礼拝」をしているというのが正しいのです。30人以下なら「伝道所」、それ以上なら「教会」という分け方もおかしいですよね。

提案:「教会に行く」は、すでに定着してしまっているので変えるのは難しいですが、何とか「礼拝に行く」にできませんかね?

牧師先生?
まず日本語の問題として、すでに「師」は先生の意味ですから、ダブルミーニングですね。エペソ4章11節に出てくる「牧師」と訳されている言葉は、群れの霊的お世話をする「牧者」の意味のほうが近いでしょう。1ランク上の人という訳ではありません。ましてや大教会に見られる会社のCEOのような牧師像は、ここにはありません。また、使徒、預言者、伝道者などの他の役職の
1つとして挙げられており、現代の牧師のように何でもかんでも引き受ける霊的スーパーマンの姿も違う様です。牧師の前段階の献身者を「伝道師」と組織上の地位として呼ぶ場合がありますが、本来は牧師の前段階だから「伝道師」なのではなく、「伝道」の賜物があるから「伝道師」なのです。

「ある人を牧師(牧者)または、教師として、お立てになった」とあり、預言者や伝道者とは分けて書いてあります。きっと違う機能なのでしょう。牧者は必ずしも外に向かって働きかける伝道師や預言者ではなく、むしろ教える賜物を持つバイブルティーチャーとして「信徒達を整え奉仕(様々なミニストリー)の働きをさせ、キリストの体を建てあげる」使命があるのです。外での奉仕が得意な牧師はむしろ、「預言者」、「伝道者」なのではないでしょうか?一人の人(牧師)にすべてを期待するのは酷な話です。賜物持つ働き人がチームで取り組むのが望ましい姿であると思います。日本文化では知識ある先輩を「先生」と呼ぶ習慣があるので、年輩の牧師を「先生」と呼ぶのは必ずしも間違っているとは思えません。法人的には「代表役員」と呼ぶのは仕方ないですが、内輪では牧師もなるべく「同じ主にある兄弟姉妹」という意識を保ちたいですね。

提案:「牧者」と言いたいところですが、牧師が根付いているので難しいですね。ある牧師は「牧使」という漢字を使っています。


単語だけではなく、間違った概念も定着してしまっています。例えば・・

クリスチャンになる儀式としての「洗礼」?
洗礼を受けないとクリスチャンじゃないの?イエス・キリストを救い主として、信じていても洗礼準備会に出て、洗礼を受けるまでは「求道者」と呼ばれることもあります。先ほど述べたように宗教法人会員としての区別は必要なのでしょうが、霊的にはイエスを信じ、告白している人はクリスチャンです。洗礼は内に起った出来事(霊的生まれ変わり)の外への証であり、表明なのです。もちろん、イエスキリストが命じたことですから(マタイ28:19)洗礼を受けるべきですが、順番を間違えないようにしましょう。また、エチオピアの宦官はイエスを信じた直後に洗礼を受けることを希望しましたが、ピリポは拒まずにバプテスマを授けています。


キリスト教は「一神教」?
イスラム、ユダヤ、キリスト教は同じ一神教?多くの人はきっとそう思っているでしょう。しかし、キリスト教は厳密に言うと「三位一体教」です。はじめから父、御子、御霊の3つの人格が愛とコミュニケーションを持っていました。ヨハネ福音書の「ことばは神と共にあった」の「共」にはギリシア語で「プロス」、英語ではTowardと訳せる言葉です。お互いに向き合っていたとのニュアンスを感じることができます。ある神学者は「三位一体とはお互いの周りを踊り回りながら、お互いをほめたたえている姿だ。」と表現しました。その愛が溢れ出て世界の創造となったのです。福音を伝えるのは、この交わりに人々を招き入れるためです。(第一ヨハネ1:1−3)この点で、イスラム教、ユダヤ教とは違います。イスラムの神は運命論的で戒律を迫る厳しい神ですが、三位一体が無いので「愛」を表現することができないのでしょう。よく「宗教はどれも神は愛と言っているんでしょう?」と言う人がいますが、ニューヨーク、リディーマー教会のティムケラー牧師は、実は「神は愛なり」と明記しているのはキリスト教以外に無いと明言しています。どうしても始めに人格神(そして交わりを持てる三位一体)が無ければ愛が出ようがありません。人権、正義、弱い者を助けること、などもこの三位一体の神が人間を創造したという教理無しには土台を与える事ができないのです。

提案:三位一体教にしませんか?


「教会=会堂」?
初代教会の様子をかい間見られるのは使徒の働きの2章43−47です。基本的には家で集まり(しかも毎日)、また安息日は、ユダヤ教の会堂で礼拝していました。まだこの頃はキリスト教という別の宗教があったというより「目覚めたユダヤ教徒」としてユダヤ人の中で広がっていったようです。パウロが地方に宣教に行った時、会堂で証するよう勧められています。(使徒13:14−15、13:42)他宗教の人には、こんな薦めはしないでしょう。キリスト教の会堂が建ち始めたのはコンスタンチヌス帝の時代ですから、はじめの300くらいは現在のようなキリスト教の会堂は無かったのです。家々で分ち合いと中心としたシンプルな礼拝をしていました。それが段々、ギリシアの哲学者達の講演をまねて説教者が現れ、16世紀宗教改革があったにもかかわらず、礼拝形式はほとんどカトリックのものを引き継いでしまったのです。ピューと呼ばれる固定長イス、講壇、説教中心の礼拝など。これらは初代教会にはありませんでした。教会といえば長崎で見られる尖った屋根に十字架のゴシック建築を思い描きますよね。しかし、尖った屋根は雪の多い北欧には適していても、日本で同じものを作る必要はありません。海外のプロテスタント教会ではホテルの宴会場や映画館を使用して礼拝しているところもあります。ゴシック建築でなければならない理由はありません。ちなみに3世紀までは、神学校を出たプロフェッショナルな「教職」というのは存在していませんでした。



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先日、あるクリスチャンの女性と話していました。彼女のご両親が4年間前にクリスチャンになられました。教会に通いはじめましたが、奉仕でストレスを溜め、傷つき教会を去ってしまいました。残念ながら、このような話をよく聞きます。プログラムを回すために奉仕して疲れてしまう。あるいは、牧師に働きが集中して、精神的に病んでしまったり、罪に陥ったりしてしまう。何か本末転倒のような気がします。もっとシンプルにできなでしょうか?

クリスチャンが集まり、礼拝し、聖書を読み、お互いのため祈る。人口肥料より、有機肥料で栽培したほうが丈夫で健康な野菜が育つそうです。キリスト教の長い歴史の中で、人工的に付加されてきたものを取り除いて、イエス様と私達というシンプルな関係に戻れないでしょうか?また、大きくなると管理が大変です。小さいエクレシアを沢山つくったほうがいいのではないでしょうか?

教会は「小さく」、ミニストリー「多様」に。関心ある人が集まって社会のニーズに答えつつ宣教する活動を自由にできる環境を整えていくことも必要ですね。あまり管理すると活気を失います。もっと皆が活き活きできるシンプルチャーチというか、オーガニックチャーチというか、そんなエクレシアができないでしょうか?

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さらに興味のある方は
Pagan Christianity   Frank Viola & George Barna

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2014年9月16日火曜日

「雨ニモマケズ」のモデル再評価の動き 


ちょっといい話(4)


 以下、数年前に載った朝日新聞記事から。


 詩人で童話作家、宮沢賢治の代表作「雨ニモマケズ」のモデルではないかと言われるキリスト教伝道者、斎藤宗次郎(1877〜1968)の自叙伝が、岩波書店から出版された。宗次郎は新聞配達業に励みつつ、出会った人々の悩みに耳を傾け、地域の人たちから慕われた。日記には賢治との交流が克明に記録されている。


 宗次郎は岩手県花巻市に生まれ、地元の小学校教諭となった。無教会主義キリスト教者の内村鑑三に影響され、23歳でキリスト教に入信。が、小学校で聖書や鑑三の日露非戦論を教え、退職に追い込まれる。約20年間の新聞配達業の後、1926年に上京。鑑三の弟子として伝道を手伝い、その最期をみとった。

 自叙伝は「二荊(にけい)自叙伝」と題され、B4判原稿用紙約1万枚に及ぶ。装本されており、全40巻。「二荊」とは、荊(いばら)の冠をつけて十字架にかけられたキリストに続き、自分も苦難を引き受けるという意味だ。21歳から死の直前まで書いた膨大な日記を基にまとめた。


 今回、山折哲雄・国際日本文化研究センター所長と栗原敦・実践女子大教授が、自叙伝の1921年から26年までの記述を編集した。



 宗次郎は新聞配達を「天職」と感じていた。東京朝日や万(よろず)朝報など十数種類の新聞を配達し、「人々の心も察せられる。此世の状態を知り得らるる」と書く。

朝3時に起き、雨の日も風の日も、6、7貫(1貫は3.75キロ)もある大風呂敷を背負い、駆け足で配達に回る。

 配達や集金の際には、病人を見舞い、道ばたで遊ぶ子供たちに菓子を分けた。相談にも誠実に応えた。当初はキリスト教信者だからと、石を投げられるなど迫害を受けたが、次第に人々の信頼を集めた。「花巻のトルストイ」と呼ぶ人もいた。配達業をやめて上京する時は、駅に名士や住民200人以上が見送りに駆けつけたという。

こんな姿が「雨ニモマケズ」のモデルでは、と言われるゆえんとなった。

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雨にもまけず  宮沢 賢治

雨にもまけず 風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ 丈夫なからだをもち
慾はなく 決して瞋らず いつもしずかにわらっている

一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききし わかり そして わすれず

野原の松の林の蔭の 小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病氣のこどもあれば  行って看病してやり
西につかれた母あれば  行ってその稻の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って こわがらなくてもいいといい
北にけんかや そしょうがあれば つまらないから やめろといい

ひでりのときは なみだをながし さむさのなつは おろおろ あるき
みんなに でくのぼうとよばれ ほめられもせず くにもされず
そういうものに わたしはなりたい

(原文は漢字とカタカナです。読み易いように、ひらがな版をアップしました。)

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2014年9月10日水曜日

勇気ある女性の話



 ちょっといい話(5)


最近、「9月、東京の路上で」という本を読みました。1923年関東大震災時に起った朝鮮人虐殺の証言集です。この東京で少なくも何百人単位の朝鮮人が東京の市民(自警団)によって殺害されたとはショックです。

1923年、9月1日、土曜日、午前11時58分、相模湾を震源とするマグニチュード7.9の大地震が東京を襲いました。死者行方不明者は10万人を超えました。大災害時には情報が寸断されたり、不足するので、流言やデマが飛び交います。

「品川が津波にやられたらしい」「首相が暗殺された」など流言が飛び交いました。その中で次第に膨らんでいったのが「朝鮮人の暴動」でした。

「朝鮮人が各地に放火している。」「朝鮮人が井戸に毒を入れて回っている」

朝鮮人が、朝鮮人が・・・朝鮮人暴動の流言は地震当日の午後、横浜と東京の一部で発生し、夕方には実際に朝鮮人の迫害に帰結したといいます。

その流言を信じた人々は恐れて、防衛のために町内会で自警団を立ち上げ、「暴動」に備えたのでした。それが嵩じて路上で朝鮮人の疑いがある者を殴ったり、殺したり、警察に突き出したりしました。


今日、右翼化が進み、排外主義、ヘイトスピーチが見られる中、首都圏直下型地震が起った時、どうなるのか心配です。過ぎ去った過去の話ではありません。


悲惨な記録の中で、ひときわ励まされた記事がありました。以下、引用してみます。

「小山駅前では、下車する避難民のなかから朝鮮人を探し出して制裁を加えようと、3000人の群衆が集まった。この時一人の女性が、朝鮮人に暴行を加えようとする群衆の前に手を拡げてたちはだかり、『こういうことはいけません』『あなた、井戸に毒を入れたところを見たのですか』と訴えたという逸話が残っている。1996年、この女性が74年に92歳で亡くなった大島貞子という人であることが、『栃木県朝鮮人強制連行真相調査団』の調査で分かった。彼女はキリスト教徒であったという。」


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「9月東京の路上で」1923年関東大震災 ジェノサイドの残響
                加藤直樹著 発行者:ころから


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2014年9月2日火曜日

「マザーテレサの祈り」


ちょっといい話(3)


「マザーテレサの祈り」

主よ、今日一日
貧しい人や病んでいる人を助けるために
私の手をお望みでしたら
今日、私のこの手をお使いください。

    主よ、今日一日

   友を欲しがる人々を訪れるために
   私の足をお望みでしたら
   今日、私のこの足をお貸しいたします。

主よ、今日一日
人は人であるという理由だけで
どんな人でも愛するために
私の心をお望みでしたら
今日、私のこの心をお貸しいたします。

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