2014年8月25日月曜日

少年と偉大なピアニストの話

ちょっといい話(2)

少年と偉大なピアニストの話


あるとき、ピアノを習っている息子によい刺激を与えようと、母親が息子をペデルスキーというピアニストのコンサートへ連れて行った。ホールに入ると母親は自分の友人がそのコンサートに来ていることに気付いたので、その友人に声をかけるため座席に息子を残して席を立った。

一人残された子供はコンサートホールを探索すべく座席を離れ、「関係者以外立ち入り禁止」の貼り紙のあるドアを開けて中へ入って行ってしまった。会場のライトが薄暗くなり、そろそろコンサートが始まるという時になり、座席に戻った母親は息子がいなくなっていることに気付いた。

あわてる母親をよそにカーテンは開き、ステージの上のグランドピアノにはスポットライトが当てらた。恐怖におののいた母親が見たものは、ピアノの前にすわって無邪気に「キラキラ星」を弾いている小さな息子の姿だった。

ちょうどそのとき、ペデルスキーが舞台に現われた。彼はすばやくピアノに近づくと、その少年の耳元にささやいた。

「やめないで。そのまま続けるんだよ。」

そして少年の後ろから左手を回し、少年の演奏に会わせて、ベースのパートを弾き始めたのだった。さらに右側にも手をまわし、素早い指の動きの高音のパートを併せた。

少年のつたない演奏にこの偉大なるピアニストの演奏が加わって、聴衆はどんなコンサートでもかつて聞いたことのないような素晴しい音楽にただただ魅了されるだけだった。このピアニストと幼い少年は、ともすればとんでもない惨事になりかねなかったこの状況を、素晴しく美しい創造的な場面へと造り変えたのである。

私たちが今おかれている状況がどんなものだとしても、どんなに滅茶苦茶で、どんなに絶望的で、どんなに霊的に枯渇し心が暗くうちひしがれていたとしても、神様は私たちの心の奥底でささやいていて下さっているのだ。

「やめないで。そのまま続けるんだよ。あなたは一人ではないんだ。わたしたちは一緒に、このボロボロの状況をわたしの美しい傑作へと造り変えることができるのだ。一緒にわたしたちの平和の歌で、この世を魅了することができるのだよ。」

                         (こころなぐさめるストーリーより引用)



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2014年8月18日月曜日

兄の愛


ちょっといい話(1) 「兄の愛」


USAトゥデイ紙の国際政治面主筆でありピューリッツァー賞候補にも上がったジャック・ケリーは、次のように語っています。


われわれは飢饉のとき東アフリカ、ソマリアの首都モガデシュに行った。飢饉はきわめて深刻で、ある村にはいったときなど、全員が死亡していたほどだった。死臭が髪にも肌にもしみつき、洗っても落ちなかった。

 その少年に出会ったのはそんなときのことだった。彼は栄養失調と寄生虫のため、お腹がふくれ上がっていた。子供が栄養失調になると髪の毛が赤っぽくなり、皮膚はまるで100歳の老人のようにしわだらけになるのだ。

 同行していたカメラマンが、グレープフルーツを持っていた。この少年に与えようとしたのだが、彼はグレープフルーツをつかむだけの力もない。そこでわれわれはグレープフルーツを半分に切ってやった。彼はそれを取り上げると礼を言うかのようにわれわれの顔を見つめ、そして村へと歩き始めた。

 われわれはそっとあとをつけた。彼は村に入ったが、そこには小さな男の子が倒れていた。その目は完全に光を失っており、われわれは死んでいるものと思った。それは彼の弟だった。彼は弟のそばにひざまずき、グレープフルーツの一切れを自分の口に入れて噛んだ。それから彼は弟の口を開き、グレープフルーツを入れ、弟のあごを上下に動かした。彼が弟のためにもう2週間もそのような行為を続けていることをわれわれは知った。


 数日後、兄は栄養失調のため死んだが、弟はいのちをとりとめた。私はその夜、帰途の車の中で考えた。イエスが「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」とおっしゃったのは、まさにこのようなことなのだと。
                    
                     (月間クレイ2002年11月号より引用)

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