2013年10月28日月曜日

「心を分かち合える場」



神の似姿に造られた人間にとって全人間的であること、すなわち知性だけではく、感情をみとめることが大事ではないでしょうか。どこかで読んだ本の中にありました。「狂人とは理性を失った人のことではなく、理性以外のすべてを失った人である」。強い人とは感情を押し殺す人ではありません。自分の内側に何が起こっているか(Emotional self awareness)を認識することは大事な事です。「天使を装うものは野獣になる。」という言葉もあります。内側がカラカラなのに、人々の前だけでいいかっこうしていると、いつか急に崩れてしまうのです。自分の弱さも分かち合える正直になれる「場」は人間らしく生きるのにどうしても必要なのです。TMCはこうした真のコミュニティ作りを目指しています。

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アメリカの有名なクリスチャン番組 700クラブのホストの一人、歌手、ライターでもある、シェイラ・ワルッシュ(Sheila Walsh)が1992年に語った証より。

ある朝、私はかっこいい髪型とびしっとキメタ服装で全国版テレビ番組のためにスタジオに座っていたの。その夜、精神病院の病棟に閉じ込められていた。でも、それは神様が私に、してくれた最高に優しい行為だった。

病院での初日、精神科医が私に尋ねた。

「あなたは誰ですか?」
「私は700クラブのホストの一人です。」

「いえいえ、そうじゃなくて、」
「それなら、私はライターであり、シンガーです。」

「そういう意味じゃなくて、あなたは誰ですか?」
「えっ!どういう事か全然わかりません。」

医者は答えた。

「そうでしょうね。だから、あなたは、ここに居るのですよ。」

私は他の人が自分をどう見るかで、自分を計っていた。段々にそれが
私を蝕んでいった。入院する前、700クラブのスタッフの何人かは
私を止めて、こう言った。

「やめなさい。立場を失うよ。もし、人々が、あなたが精神病院に入って
 薬の世話になっていると知ったら、すべて終わりだよ。」

私は言った。

「どうせ、すべて終わりなの。そんな事、考えても無駄。」

本当にすべてを失ったと思った。家も、給料も、仕事も。すべて。
でも、私は自分の人生(I found my life)を見つけたの。自分の一番
最低の状況の中で、真実の自分を発見したの。神様は知っていたんだわ。

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“Success in Life?”  by Henry Williamson


After growing up on a small farm in Evergreen, North Carolina, I found out in college and graduate school how hard work and achievement could bring me the success that I wanted.  What I didn’t find out until I was 27 years old is that those successes along didn’t bring the happiness I had hoped for.  When Jesus said, “life does not consist in the abundance of things that men possess….” He was talking to me.
I played baseball and basketball in high school.  When I went to college at East Carolina University in l965, it opened up a whole new world to me – one of possibilities and achievement.  I was a good student, graduating with honors as an undergraduate and an MBA.  While giving serious thought to getting a PhD, I finally decided to go to work instead, being employed by Branch Banking & Trust Corporation (BB&T) – a bank holding company.  Carrying the “achievement drive” with me to work at BB&T, I poured myself into my work and into achievement, into success and getting ahead. 
I soon left BB&T’s management training program and was transferred to Fayetteville, North Carolina.  Things were going very well – a new daughter, one of the youngest officers promoted to Assistant Vice President at BB&T, bought our first house, and was beginning to make a little money.  Things really seemed to be going pretty well, but I wasn’t happy and satisfied.  Why?
As a young professional and father of a new daughter, I thought that going to church was a way to insure this success and expose my child to good influences.  Little did I know that my whole belief system was about to be challenged by a Bible study teacher who defined success completely different from me ---doing the will of God, whatever the cost.  She was the wife of one of the pastors of the church.  We had debated about whether community charity contributions counted as part of a Christian’s offerings to God and about what it really meant to have a quite time with God. 
Then one Sunday morning as I sat in the Bible study class with a cup of coffee and a doughnut, this teacher announced to the class that she and her husband were moving to Bogotá, Columbia as missionaries.  I was shocked?  Why in the world would anyone do such a thing?
Soon after that, I was at the country club at a bank social function – sitting with a mixed drink in my hand, the music was blaring away in the background, people were all around me talking and laughing.  Then, just as plainly as anything I have ever heard, God said to me – “Henry choose.  You can’t have both!” 
There it was.  If I was to be a disciple of Christ, I had to follow Him and not just my own desires.  I believed what Jesus had offered as a way of salvation, but until that time, I was committed only to my own goals.  When Jesus said in John 3:16 that whoever believed in Him would have eternal life, I thought that was for later.  He said in John 5:24 “I tell you the truth; whoever hears my word and believes Him who sent me has eternal life and will not be condemned; he has crossed over from death to life.”
At the age of 12, I believed in Him and asked Jesus to come into my heart and save me from the penalty of sin, which the Bible says is death (Romans 3:23).  I asked Him to give me the gift of eternal life because of my trust in Him as the Savior from my sin. 
Yet, I was to learn at age 27 that eternal life was mine for right now.  In John 17:3 Jesus said: “Now this is eternal life; that they may know you, the only true God, and Jesus Christ, whom you have sent.”  In that country club, at that moment, I made a promise, a commitment to God to submit myself to Him and to stop resisting and fighting Him – to dedicate myself to God.  That commitment began a journey that has taken me up to this very day.
Now that I am following Christ, the question that I try to keep before myself is this --- knowing that I am a spiritual person as well as a physical person, where is my achievement and success?  Am I a spiritual person who wrestles with physical issues or a physical personal who wrestles with spiritual issues?  I find that question keeps me on track and helps me to discover even more of the eternal life that is mine through knowing Jesus Christ.  And by the way, that’s what I was looking for all along.
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■ ヘンリー・ウィリアムソン(Henry  Williamson
Former COO BB&T Corporation (Retired in 04) 
2004年まで同社のCOO(最高経営責任者)
(現在はファッカー家具取締役、フォリス・メディカルセンター基金理事、其の他)


このHenry Williamson氏(元BB&T副社長)がこの11月、BB&Tの現役行員でクリスチャンの数名を連れて来日します。彼らは過去10年間、東京のビジネスパーソンを励ましたいとの情熱をもってTMCを助けてくださっています。


BB&T Corporationとは
ノースカロライナ州ウィンストン・セーラム市に本社を置く全米11位の金融持株
会社。1872年設立。ノース,サウス,カロライナ両州、バージニア州、ジョージア
州など南部諸州を中心に1,400以上の支店を持ち、総資産は1,005億ドル(約10
円)。1989年以降58の地域金融機関、70 以上の保険代理店会社、23のノンバン
クの買収を行い成長中。

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BB&Tウエルカムパーティの申し込みは閉め切らせて頂きました。


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東京を神の街に・・・・
asktmc@gmail.com (栗原)

2013年10月16日水曜日

国家に利用される宗教



 東京には3大霊場がある
東京には広大な土地に3つの霊場があるのです。皇居(かつて現人神として崇拝された天皇の住まい)、明治神宮(明治天皇を祀る)そして、戦没者の英霊を祀るとする靖国神社。靖国神社では天皇のために死んだ魂は英霊とし、靖国に合祀(他の戦没者の霊と合体)され1つの護国霊となって崇められるとしています。また初詣には慣習とは言え、元旦の参拝者一位を誇る明治神宮。東京で神の国を広めようとするクリスチャンにとって避けて通れない課題なのです。

人為的に創作された国家神道
前回お話した通り、江戸時代にはキリシタン取り締まりのために幕府は仏教を国教とする政策を取ったのです。ところが明治時代になると明治政府は天皇を権力の基とするため、神道を担ぎ出した。そして全国的な廃仏毀釈運動が展開されたのです。神社はすべて国家公共の祭祀施設であるとして、地域の小規模な神社に多かった民俗信仰的な祭神を、記紀神話に基ずく国家的祭神に差し替える操作が行われたのです。その後、国家的英雄を神とする新しい形態の神社神道が続々と誕生しました。神武天皇を祀る神社は1890年に、平安神宮も1895年に設立などなど。こうした神社は古代日本からあるように思われますが、皆、明治時代以降の創作なのです。戦没者が国家の神となって永久に靖国に留まるといった信仰は従来の民衆の祖霊信仰にはなかったのです。しかし、それが国定教科書に書き込まれ、そういう教えを吹き込まれていったのです。近代国家をアッピールしたい明治政府は、憲法では海外の手前、政教分離、信仰の自由をうたっていましたが、神社参拝は宗教でもなく、道徳である、愛国の発露であるということで、宗教分離の中、堂々と行われていたのです

靖国神社の生い立ち
もともと靖国は、戊辰戦争の時の官軍の戦死者を英霊として祀ることがはじまりで、公のものだったのです。官軍側なので、幕府側の新撰組や後で明治政府に反抗した西郷隆盛などは入っていません。明治以来、政府は「神社は宗教にあらず」の立場を取り、国家的に英霊を追悼する場となっていきました。味方の戦死者を死後まもなく神として祀り、以降永久にそこに霊を留める場としての「招魂社」が靖国の前身です。地方の招魂社は護国寺と名前を変えてゆきました。1879年に東京招魂社は靖国神社と名前を変更しましたが、陸海軍が管轄するという特殊な立場だったのです。その後、日本軍の戦死者を合祀する場となってゆきます。

神道には教義が無いと言われますが、実質、明治天皇の下で作られた1883年の軍人勅諭(軍人の心構え)、1890年の教育勅語が国家神道の事実上の教典となったのです。ちなみに、内村鑑三はこの教育勅語にある天皇の署名に教師が皆、最敬礼をさせられている時、心の準備も無く会釈しただけであったことが大問題として取り上げられ「不敬事件」として新聞記事となってしまったのです。このように官製の新しい国家神道は明治政府の国民統合の政治的意図と密接に結びついた人為的宗教なのです。これは従来のローカルな神道神社と矛盾さえするのです。

敗戦後、軍国主義の温床である国家神道、靖国神社は占領軍によって解体される運命にあったのです。GHQとの生き残りをかけての折衝があったのですが、結局は「靖国は宗教」という立場で(つまり明治以来の解釈を反転させて)一宗教法人として生き残ったのです。これが混乱の元となっています。

GHQは靖国をどう見ていたのか?
アメリカ国内には靖国(Military Shrine)軍国主義のカルトの温床という認識がありました。バンザイ突撃、神風特攻、玉砕を目の当たりにしたアメリカ軍は「お国のため、天皇のため」に命を落とす日本兵の背後に、それを支える精神的支柱としての靖国=国家神道があることを認識していたのです。従って国家神道である靖国を破壊することは当然、アメリカのアジェンダにはあった訳です。

明治時代以来、政府は「国家神道は宗教ではない」という立場を取って来ました。むしろ「愛国精神の発露である」と繰り返し主張してきたのです。そうであれば天皇崇拝カルトの温床となることは避けられない。そして、そうであるからこそ、アメリカGHQは靖国の抹殺を考えていたのです。(特に強行派にそれが強かった)。現に、未遂に終わりましたが、アメリカ将校による靖国「焼き討ち」計画もあったのです。フランクキャプラ監督の戦時プロパガンダ映画「汝の敵を知れ」のナレーションで「近年、神道を悪用する人が現れ、1870年以降、日本国家は神道の教えを狂信的な教義にねじ曲げてしまった。その教義が現在、何百万もの罪の無いアジア人、それに何千ものアメリカ人に苦しみや死をもたらせている。」と語られています。プロパガンダ映画(つまりアメリカ兵の戦意高揚)であるので、一方的に日本が悪者にされていますが、「ねじ曲げられた」の部分は考慮に値します。つまり、もともとの神道はもっと穏やかなものであったとの認識なのです。

無害な原始的アニミズムである古神道に国家主義的天皇崇拝を上乗せした国家神道。(国学者、平田篤胤が聖書を盗用して神学的体系作りをしたとの見解もあります。)そこに一神道神社(宗教法人)としての靖国と軍国主義への国家装置/国民的慰霊所としての(公共)の靖国という矛盾が内在するようになったのです。このアメリカの解釈は的を得ていると思われます。

結局靖国は生き残った
GHQ宗教課では靖国を早い段階で「全面廃止」すべきだったとの共通認識を持ち続けていました。靖国を宗教としてではなく、軍国主義の「装置」として、認識していたからです。しかし、宗教的側面を捨てきれない部分もあり、GHQとしても宗教課を立ちあげ、相当に慎重な調査と検討をしています。よくGHQに宗教法人にさせられたという意見がありますが、私の調べたところでは、GHQ側も専門家の間でよく検討し、靖国の宮司とも懇談し、妥協点を見いだして行ったとう印象です。「公共的でなくていい、あくまで一神社でいい。そのほうが国民感情にかなっているのだ。」として民間の神社にすることにこだわったのは日本側だったといいます。(「靖国神社問題の原点」P.208 三土修平 日本評論社)

国民からの靖国廃止に対する嘆願書なども多数届き国民の反発を恐れ、アメリカも廃止できなくなり、結局、靖国は宗教法人として生き残ります。靖国生き残りの攻防は面白いのですが、紙面の関係でここでは詳しく書けません。興味ある方は「靖国知らせざる占領下の攻防」 中村直文 NHK出版をお読み下さい。さて、1948年にはGHQの非軍事化、民主化政策は終わりを告げて、米ソの冷戦の進行によってアメリカの占領政策が大きく転換(逆コース)してゆくのです。つまり、日本を共産主義に対する「防波堤」とするための日本の再軍備化です。これは憲法9条の縛りから「警察予備隊」という型で出現しました。(今日、自衛隊として残っています) この時勢の中、GHQは、軍国神社に国有地の供与をしないとする条項を削除。(明治政府は神社の境内を国有化し無償供与していたが、GHQは、軍国神社である靖国を例外として扱った。しかし、その例外条項も削除された。)今日に至っています。

問題は続く・・・
国の援助を受けない、一宗教法人なのか、国家的追悼の場なのか?その矛盾のまま今日に至っている訳です。ならば、宗教性を取り除いて公共の追悼の場にしてしまえば・・とも思います。しかし、歴史的な流れから、一部の靖国を支持する遺族会の気持ちから全く宗教性を抜く事は不可能だと思います。つまり、現在、宗教法人であるゆえに、国家の介入を法的に禁じられるという、捻れたメリットがあるのです。靖国の精神だけ残して公共物にするとかえって、国家に利用されやすくなるデメリットがあるのです。合祀を嫌う牧師やクリスチャンもいます。しかし、靖国は分祀に反対しています。神道神学としては分祀しても、御霊は残るという解釈です。靖国の理論でいうと、戦争で天皇のために死んだ霊が、合祀され、天皇の参拝により正式に1つとなり護国の霊となるという。それは1つの合体した霊であり、分ける事が出来ないという「宗教法人」としての主張があるのです。宗教法人である以上、その神学に文句は言えませんが、それならなぜ、国家的に一方的に戦没者をすべて靖国に合祀してしまったのか問題が残ります。

反対者が唱える問題点
1.天皇のために死んだ霊は「英霊」となり、神となる。新しく合祀された御霊は天皇の参拝より正式に靖国の御霊に合体され、護国神となる。これは、全く神道の教理(宗教問題、神学問題)であり、日本国民、全ての人がこの教理を受け入れている訳ではない。他の宗教の人に失礼。そこに合祀され、そのように取り扱われる事に抵抗がある。

2.A級戦犯(平和に対する犯罪)で死刑になった人達と一緒に祀られては困る。

3.戦犯を含む御霊を英霊として参拝することは前の戦争の反省が無く、戦争を正統化することとなる。これは東京裁判、またサンフランシスコ講和条約に反する。また、侵略されたアジア諸国の神経を逆なでする行為である。

4.靖国で祀られ、参拝されれば、戦没者の霊は慰められ、また遺族も満足できるとする考えは靖国側の一方的な解釈であり、傲慢でさえある。慰められ方を上から規定されたくない。全然慰めにならない遺族もいる。ここに祀られ「よくやった」と崇められても、「よくやったじゃない。あんたに殺されたんだ。」という思いの人もいるだろう。無意味な戦争、無謀な戦略で無駄に死んだ自分の家族は、そのようなカルトの温床となった靖国を憎みこそするが、感謝はしない。

5.戦中、戦後、国が一方的に合祀した。

6.本当に戦争の犠牲者の追悼というなら、戦場の戦没者だけでなく、戦災被災者、戦中の思想犯、迫害を受けて獄中で死んだ殉教者、外国人は含めないのか?彼らを追悼しないのか?

7.遺族会は宗教的ではないのか?遺族会パンフには遺族会の目的として「英霊、靖国のみたま安かれと祈る心を次代につたえてもらいたい」と書いてある。これは神学問題ではないのか?英霊と考えない人にとって抵抗があるのでは?ちなみに、日本遺族会には戦没者185世帯のうち104世帯が加盟。これは加盟率で56%。残りの44%はどういう気持ちなのだろうか?56%を日本国民の気持ちと理解してしまっていいのか?もの言わぬ遺族の声を聞き取ることも大事なのではないか?


などなど。皆さんはどう考えますか?

いずれにしても、戦争には「大義」が必要であり、そのための「教育」が必要になり、さらには「宗教的体系」がその精神的支柱となるということであり、既存の宗教がそれに利用されることがあり得るということは、歴史から学べることです。最近ではアメリカキリスト教原理主義の「聖戦」に関しても議論のテーブルに上がるようになってきました。確かに、旧約聖書には戦争が沢山出来てきます。しかし、今日、「聖戦」とよべる戦争が本当に存在するのでしょうか?

確かに「お国のために」と信じて、喜んで死んでいたった人もいるでしょう。しかし、すべてがそうであった訳ではありません。

ビルマで終戦を迎え、全員捕虜になった時の体験者の声をお聞き下さい。

「今や祖国には外国の軍隊が続々と進駐してくると知った時、愛する家族や女たちのことを思うと居たたまれない気持ちでした。彼女らの操に危険が迫っているなら、それに対してこそ、身を挺してでも戦いたい、戦車の前に身を投げ出しても悔いは無いと思いました。・・その時はじめて自分は何のために戦うべきだったかがわかりました。天皇のためなどと言われても死ぬ気になれなかったけど、『愛するものを守るため』ならば死ねる。こんな外国に攻め込んで来るためではなく、本当の意味で祖国を守るためにこそ戦うべきだったと思いました。」(「靖国神社問題の原点」三土修平 日本評論社)


「お国のため死ぬ」と言う時、「お国」の意味に2つあるのです、「愛する人々=国民」と「国体=天皇=一部指導者」そして、後者は宗教を利用するのです。この言葉の混同に騙されないようにしたいものです。
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東京を神の街に
Tokyo Metro Community (TMC)
asktmc@gmail.com (栗原)

2013年10月2日水曜日

「目をさまして祈っていなさい。」




あなたがたは地の塩です。・・・あなたがたは世の光です。
(マタ5:13−14)

クリスチャンは地の塩、世の光です。また教会は現代の預言者の声であるべきです。しかし、今、現実にこの日本で起っていることを「知らない」し、「関心無い」では預言者の声になれないのです。経済浮揚の陰では、「秘密保護法」や憲法再解釈による「集団的自衛権」などが進行中。ぬるま湯のカエルのように、気がついた時はすでに遅し、熱湯の中で茹でられてしまうということになりかねません。日本の教会の多くが天皇崇拝の軍国主義カルトを批判できず、戦争に加担しました。日本キリスト教協議会教育部の出した声明「設立百周年を迎えるにあたって、過去の罪責の悔い改めと、新しい時代への決意」から引用してみましょう。

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特に1920年の第8回世界日曜学校大会は、その開催の仕方において、その後の翼賛的とも言える戦争協力への歩みを決定づける出来事となった。すなわち、世界大会の日本開催に対しては、日本の侵略に苦しむ中国と朝鮮のキリスト者からの反対の声があがったが、日本日曜学校協会はそれらの声に耳を傾けず、かえって日本政府財界の全面的支援を受けながら、同大会を開国以来最大規模の国際会議として華々しく遂行したのである。社会的成功を求めてアジアの隣人をないがしろにするこの姿勢は、その後、1928年の特別教案「紀元節学課」(日曜学校2月号)へと展開していった。紀元節を祝って作成されたこの教案は、皇国史観を聖書の言葉と結びつけ、天皇制を基盤とした「国体」の卓越性と、アジア諸国に対する日本の優越性を子供たちに教えるもので、日曜学校教育を独善的な「愛国心的教育」へと方向つけるものとなった。1931年に満州事変が勃発すると、日本日曜学校協会は平和を叫ぶ一方で「日本の正義」を主張し、1937年に日中戦争が始まると戦争支持を表明して、日曜学校における「国民精神総動員教育」を諸教会に呼びかけた。「宗教的信念による精神の強化」や「大宗教による国民の精神指導」の名目で同協会が行った戦意昂揚のための教案や教材の提供、「皇軍」のための慰問文募集などの戦争協力活動は1941年の教会合同以降は、日本基督教団日曜学校局の戦時下の活動へと引き継がれていった。」(棒線はブログ著者)

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誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。・・
(マタ26:41)

国民を一致団結させ、戦争を正統化するには、国民への「教育」(あるいは洗脳)が必要になるのです。そして、その矢は子供達にターゲットされる。上記のように、残念ながら教会もそれに巻き込まれ、利用されてしまいました。せっかくこのような反省がなされたのですから、二度と同じ事を繰り返してはいけないのです。

上記の記事から読み取れる事は、1つは財政的誘惑です。戦意昂揚のためには財界から経済的支援が来る。反対にキリスト教系市立学校にも「君が代」強制がなされるようになり、斉唱を拒否すれば、助成金がストップしたり、学校法人が取り消されたりなどの締め付けが来るでしょう。2つ目は「日本民族優越主義」。ナチスドイツは言うまでもありませんね。実は、17世紀−19世紀までは白人優越主義による列強の武力侵略植民地時代であったのです。内村鑑三は「地人論」の中でこう言っています。「創造の神は、北半球にアジア大陸、ヨーロッパ大陸、北アメリカを配置した。それぞれの大陸の民が一杯になったら、南の大陸に移動できるように、神はアジアには豪州、ヨーロッパにはアフリカ、北アメリカには南アメリカ大陸と南半球に3つの大陸を用意しておいた。ところが15世紀以来、わずか5世紀の間に南に用意された大空間の大陸はすべてヨーロッパ白人勢力に完全支配されてしまった。」オーストラリアは一時、白豪主義でアジア人立ち入り禁止となっていました。新大陸のインディアンの地を侵略して国を拡大したアメリカ。アフリカから奴隷を連れて来て強制労働させたその歴史、最近の「大量破壊兵器」が見つからなかったイラク戦争など、世界の警察アメリカといえども批判されなければならないでしょう。ともあれ、この民族純化排外主義優越主義 (敵は自国民より劣っている、あるいは悪なのだから滅ぼしていい)が戦争の精神的バックボーンになっていることを認識すべきです。その流れで日本では八紘一宇(世界は天皇を中心とする大家族)、大東亜共栄圏へと繋がっていったのです。天皇崇拝と靖国の問題も避けて通れません。天国では購われた世界の聖徒たちが一同にひれ伏し王なる主を礼拝しています。個人も国家も自己義認という罪の性質を持っています。創造主の前にへりくだり、跪くことしか解決は無いのです。



機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。ですから愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。
(エペ5:16−17)

実は、忍び寄る危険は現在進行形で行われています。東京都教育委員会は2003年、卒業式等で、「君が代」強制を強化する通達を出し、校長に職務命令を出させ、不起立職員に懲戒処分を連発しました。多くの校長が指揮の進行表に「不起立の生徒がいたら司会の主幹教諭はマイクを使い『起立しなさい』と2−3回発声する」よう記載しているのです。さらに都教育委員会は「君が代」強制に触れた教科書を「使用不適切」とし、全校長らに通達。都が教科書選定に介入する事態が起っています。大阪府教育委員会では「君が代」斉唱のチェックのため口元監視を正式通知し、管理職が確認し、校長が府教委に報告するよう求める通達を出していたことが発覚しました。「和を尊ぶ」は裏を返せば、政府が押し付ける統一的な思想に反する人々は排除するということなのです

2004年皇室のお招きで「園遊会」があり、その場に出席した東京都教育委員の米長氏が陛下に「日本中の学校で国旗を掲げ、国家を斉唱させることが仕事です。」と話すと、陛下は「やはり、強制でないことが望ましいですね。」と応じられたというのです。(読売新聞2004年10月29日朝刊)保守の人によく聞いて頂きたいのですが、”畏れ多くも 天皇陛下が「強制でないことが望ましい。」と仰せられたのですぞ!

騙されないためには歴史的事実を知る事です。やはり勉強は大事です。戦時中、日本人の精神的支柱として利用されたのが「天皇崇拝と靖国神社」です。徳川幕府はキリシタン禁制に仏教国教制度を採用しました。明治政府は、全国の神社を行政府の下に統合して、今度は「神道」を新しい政治の精神的支柱とするため、全国的な廃仏毀釈運動を展開したのです。宮中でも廃仏となり、天皇は中世近世と真言宗泉湧寺の檀家であったのに、最後には自らが祀られ明治神社の神となってしまったのです。2013年7月21日、「友愛平和の風」と青山学院総合研究所が共催して「これからの国のかたちを考えよう」集会が持たれました。護憲派、改憲派問わず、またカトリック、神道などからも総勢90名が参加。そこで神道神習教教主で、教派神道連合会理事長の吉村政徳氏が天皇について「宗教である神道の私達は、明治維新後、天皇を神だと認識していたことは一度もない。」と大変興味深い告白をされています。

神道も、かつての仏教のように国に利用されたのですね。明治維新後、歴史的な人物、国家的英雄を神として祀る神社が相次いで創建されました。それは、それまでに存在しない新しい形態の神社神道だったのです。やがてそれが国家神道の出現へとつながっていきます。(つづきは次回)

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