2022年3月31日木曜日

シンプルに考えよう


重要な戒めと命令

イエスは彼に言われた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』これが、重要な第一の戒めです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。  (マタイ22:37−39)

 

ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子とし なさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。  (マタイ28:18—19)



これらは、イエス様が語った重要な戒めと命令です。要約してみると・・・

 

1)      神を愛せよ

2)      人を愛せよ

3)      弟子を作れ

 

ということで、これがクリスチャンの使命です。まず、会堂ありき、まず礼拝プログラムありき、ではなく、ここから考えましょう。

 

そして、この3つを効果的にするためには、クリスチャン共同体(エクレシア)が必須なのです。一人ぽっちのクリスチャンはあり得ません。新約聖書には「お互いに」という言葉が60回以上出てきます。エクレシアはキリストの体ですから、「お互い」の要素が不可欠です。そして、それは、組織というより、オーガニック(生命体)なのです。

 


一緒に使命を全うする


1)      一緒に礼拝する

一緒に神を礼拝し、み言葉を学ぶことで励まされ、成長します。黙示録4章に、天での合同礼拝の様子が描写されています。やがて、私達もそこに加わります。


2)      一緒に愛し、仕える 共同体の中で「お互いに」を実践します。人は愛し、仕えることを学びます。祈り合う「絆」が作られていきます。牧師(リーダー)も含め、孤立してはいけません。心を分かち合えるコミュニティの中にいる必要があります。

 

3)      一緒に弟子を作る

一緒に礼拝し、一緒にバイブルスタディをし、一緒に伝道することで、

主の弟子として成長し、整えられていきます。励ましが必要です。一人では難しいのです。特に祈り合う中で、一緒に伝道し、人をキリストに導いていきます。決心した人をフォローアップし、キリストの共同体に結びつけ、弟子として育てます。伝道にも、弟子作りにも最適の環境がエクレシア(キリストの共同体)なのです。

 


会堂より人


会堂ありきではないのです。ただ、会堂があれば便利なこともあるのは確かです。皆で声を出して賛美したり、祈ったりできる場所。また未信者向けの伝道的なイベントをするのにも、いつでも、自由に使える「場所」があれば便利です。会堂があると便利ですが、修繕、管理など費用もかかります。

 

会堂より、「人」が大事です。真のエクレシアは「人々」であり、建物ではありません。主の弟子作りに一番エネルギーを使うべきでしょう。最近、ある教会で「土地や建物の不動産関係の問題が起こり、教会に行くとお金の話ばかりで嫌になってしまった。」という信者の話を聞きました。ともすると本末転倒になってしまいます。60年代のアメリカで、ある教会の礼拝に、ヒッピーたちが素足でやってきたそうです。役員たちはカーペットが汚れるから、彼らに来ないように言ってくれと牧師に頼みました。その教会の牧師であったチャック・スミスは「それなら、カーペットを外してしまえ!」と言ったそうです。彼にとっては建物よりヒッピーたちの魂の方が大事だったのです。チャック牧師はヒッピー達を愛し、受け入れ、リーダーとして育てました。その多くがカルバリーチャペルの牧師となっていったのです。

 


小さな教会をたくさん作る


人にフォーカスする。そして、集まる場所はカフェでも家でもいいのです。大人数は必要ありません。まず数名で、心から話せる仲間となるのです。時間を過ごして、関わりリーダーとして育てます。小さい群れがたくさんできるとは、リーダーが沢山、生まれるということです。群れが小さいと誰も「お客さん」ではいられません。全員参加なのです。その方がいいのです。イエス様も5000人の給食をした後、5000人の教会の牧師にはなりませんでした。むしろ、12名と時間を過ごし、12人の弟子(リーダー)を育てたのです。

 

私自身、ハワイのホープチャペルの創始者のラルフ・モア牧師から大変、刺激を受け、学ばさせて頂きました。今回の記事は、ほとんどラルフ牧師が語っていたことです。それを思い起こして書いています。

 


大事な質問


もう一度、クリスチャンの使命はシンプルです。その事を念頭に自らに問いかけてみてください。

 

1)      神を愛する

礼拝が儀式化していませんか?デボーションが義務になっていませんか?神との関係はどうなっていますか?神との交わりを楽しんでいますか?

 

2)      人を愛する

お金は「使う」もの、人は「愛する」もの。しかし、世間では、お金を「愛し」、人を「使う」傾向にあります。教会はどうでしょうか?時に教会を運営するために人を「使って」しまっていないでしょうか?奉仕疲れという言葉も聞きます。バロメーターは「喜び」です、「自由」です。御霊のありところには「自由」があるのです。強制や義務感では続きません。教会がやっていることは「人を愛する」というベクトルに向いていますか?

 

3)      弟子を作る

牧師の弟子ではなく、イエス様の弟子です。自由に意見が言えない雰囲気があるなら要注意です。また、メンバーが仲良くなることは大事ですが、同時に失われている魂への思いがあるでしょうか?アウトリーチマインドがありますか?一緒に伝道し、一緒に弟子を育てましょう。あなたは誰かに関わり、時間を過ごし、その人がキリストの弟子となるようお助けしていますか?

 

 

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執筆者:栗原一芳

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2022年3月24日木曜日

Kingdomの視野に立つ伝道

 

天と地の全ての「権威」を持つ王なるイエス

「舟の右側」3月号に掲載されたフェイスバイブルチャーチの武田考平牧師の「福音による教会形成」第15回「福音と大宣教命令(3)は大変、興味ふかい記事だった。初頭で、アメリカでも日本でも「大宣教命令」の強調が薄れてきていることを指摘する。それは福音がストレートに語られなくなっている事を意味する。また、新しい視点として、ダニエル7:14との比較で、マタイ28:18−20共々、主権、権威(エクソーシア)が使われ、力(デュナミス)ではないことを指摘している。そして、こう結論付ける。

 

「このように両箇所の言語とテーマが類似するだけではなく、」論理も類するとすれば、マタイの大宣教命令における権威と派遣のロジックは、次のようになる。『イエス・キリストは天と地のすべてに及ぶ権威を有するため、すべての国と人々はイエスに従わなくてはならない。それゆえ、すべての国と人々のところへ出て行って、イエスに従う弟子をつくりなさい。』これに基づくならば、マタイの大宣教命令は、まさに神の御国の拡大を命じるものである。

 

「天においても、地においても一切の権威を持つ」とは、宇宙の主 (The Lord of the universe) ということだ。もっと正確に言うと、天界においては天的存在物(エロヒーム)のトップに立つお方。地上界においては「王の王」。全ての権威の源であり(ローマ13:1)、全ての権威を持つ方なのだ。創造主が全ての権威を所有するのは当然だろう。全宇宙に階級秩序があるとすれば、キリストは、その頂点に座すお方。天においても地においても一切の生き物は、このお方の前にひれ伏すべきなのだ。(黙示録5:13)

 

伝道にも「御国」成就の視野が必要

今まで自分も伝道に出て行く時、神の「力」が背後にあるのだから「大丈夫」と思って出て行くのだと解釈していた。つまり伝道の「力」として理解していたのだ。しかし、「力」より「権威=地位や所有」を表すエクソーシアが使われている。これは当時、使われていた「福音=ユーアンゲリオン」の意味、「王の即位の喜ばしきニュース」とも合致する。千年王国では100%これが成就するが、(黙示録11:15)今から「新しい真の王」への忠誠を誓う人々を呼び起こすため出て行くという事だ。誰かが救われて、個人的に幸せになり、天国に行くのは嬉しいが、伝道には、この御国のパースペクティブ(視点)が必要なのだ。バプテスマのヨハネもイエスも「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」と宣教した。(マタイ3:2、4:17)

 

戦争を終わらせるメシア

主は国々の間をさばき、多くの民族に判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す。国は国に向かって剣を上げず、もう戦うことを学ばない。  

                        (イザヤ2章4節)

 

この聖句は、ニューヨークの国連本部の壁に刻まれている。戦争を終わらせるのは神ご自身。最後に裁きを下すのは神ご自身。その裁きは絶対に公平で正しい。イエスは「地の王たちの支配者」なのだ。全ての民が最終的権威である王なるイエスの下にひれ伏すしか、最終的な解決は無い。それまでは地の王たちの力の支配闘争は終わらない。

 

また、確かな証人、死者の中から最初に生まれた方、地の王たちの支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにあるように。

                           (黙示録1:5)

 

主がすべての戦争を終わらせた後、この光景が、千年王国にて見られるだろう。

 

エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者はみな、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る。

                    (ゼカリア14:16)

 

 

すべての人は罪を犯した

今日のロシアによるウクライナ侵攻を見る時、人の罪を思わざるを得ない。第二次世界大戦が終わった時、学んだのではなかったか?ベトナム戦争の泥沼化の中で、学んだのではなかったか?沢山の反戦歌が歌われ、若者の間に平和運動が起こった。二度と戦争はしないと。残念ながら人類は歴史から学んでいない。21世紀になってもミャンマーで、香港で、他の国々で、力による弾圧や侵攻が起こっている。今はロシアが「悪者」、欧米が「善人」となっているが、歴史を見るとそう簡単では無い。英国も、インドを植民地化し、アヘンで中国を支配した。アメリカも、日本に原発を2発投下し、東京大空襲で無差別攻撃を行ない民間人10万人が犠牲となった。また、ありもしない大量破壊兵器を大義名分にイラク戦争を起こした。ドイツはユダヤ人大虐殺を行った。時代によっては今の「善人」は「悪人」でもあった。つまり、人は皆、罪人なのだ。一貫して正しい国も、正しい人もいない。

 

「全ての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず・・」

                     (ローマ3:23)

 

 

福音には「神の義」が啓示されている

福音には「神の義」が啓示されている。(ローマ1:17)そこから始めないと福音の本当の意味が分からない。罪に対して神の怒りが燃え上がる。神に従わないイスラエルに対しての神の態度はこうだった。

 

それで主の怒りがこの地に向かって燃え上がり、この書に記されたすべてののろいが、この地にもたらされたのだ。主は怒り憤り激怒をもって彼らをこの地から根こそぎにし、ほかの地に彼らを投げ捨てられた。今日のとおりに。   

                    (申命記29:26−28)

 

今日、誰も「神の義=神のスタンダード」の前に義とはされない。(ローマ3:10)そこには達しない。皆、脱線している。軌道を逸脱している。それが罪(的外れ)の意味だ。「人の義」は「神の義」を達成しない。イエスを信じることによってのみ、「神の義」が人に付与される。(ローマ3:22)人類は神の怒りの下にある旧人類(罪人)か、福音を信じて神の義が付与された新人類(聖徒)かに2分される。民族、文化、人種により分割され、抗争するのでは無い。ロシアにもウクライナにも、主イエスを信じるクリスチャンたちがいる。彼らは1つ神の家族であり、兄弟姉妹なのだ

 

なぜ、神は悪を止めない?

なぜ、神は悪を止めない? なぜ今、裁きを行わない? そう質問する人がいるだろう。今、裁きを行えば、質問している「あなた」も裁かれるからだ。義人はいない、一人もいないのだ。神の義に達する人はいない。あなたも罪の結果である滅びを受け取ることになる。(ローマ6:23)人類歴史が始まって以来、妬み、殺人、盗み、賄賂、不倫、姦淫、戦争、虐待・・・が後を断たない。人類は歴史から学ばない。私が小学校の時に、政治家の賄賂がニュースになっていた。今日も目の当たりにしている。小学校の時、ベトナム戦争があった。今日も戦争を目の当たりにしている。そして、将来も続くのだろう。人が神を離れ、自分の悟り、自分の知恵に頼る限り。人に傲慢と自己中心という罪がある限り悲惨な出来事は続く。神はむしろ、一人でも悔い改めることを願い、裁きの日を延ばしておられるのだ。

 

主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

                      (第二ペテロ3:9)

 

また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。

                     (IIペテロ3:15)

 

福音は、単なる道徳や知識ではなく、救いを得させる神の「力」。人生を変革する「力」。福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませる。(ローマ1:17)「人の義」=宗教・哲学・修行では到達できない「神の義」が信仰によって、付与される。(ローマ3:24、3:28)

 

そして、福音のスコープは個人の救い(義認=霊の救い・聖化=魂の救い・栄化=体の救い)に留まらず、被造世界全体の「癒し」と「回復」である。人類は産みの苦しみの時期を通るが(ローマ8:22)、最終的には王なるキリストが再臨し、悪を滅ぼし、地を回復し、自らが王として、この地を治める千年王国が実現する。(黙示録20:4)さらに白い御座の裁きを経て、新天新地を創出される。(黙示録21:1)それゆえ、福音を恥とせず、宣べ伝え続けるのだ。

 

私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。 (ローマ1:16)

 

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執筆者:栗原一芳

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2022年3月17日木曜日

「ヒューマニズム」の視点から見た「聖書」

 

進む優生思想

最近、中国で「AI人工子宮」が完成したと報道があった。お母さんがお腹を痛めないで子供を産める利点もあるが、問題は「AI人工子宮」を誰が管理するのかだ。独裁国家においては結局、国が管理することになる。また、次の段階として子供の教育に関しては政府が責任を持つようになるだろう。神を恐れない独裁政権の下では、優秀な子供を増産し、劣勢な子供を抹殺する「優生思想」に基づく、「操作」が行われるだろう。「人権」より「効率性」。聖書的倫理観がないので、オフ・リミットだ。クローン人間だろうが、ハイブリッド人間だろうが、秘密の研究所で開発されるだろう。

 


世界支配への誘惑

すでに世界的巨大資本が世界的メディアを支配している。つまり民意を誘導できるという事だ。デジタル管理社会は目の前にある。さらに強力なパンデミックが世界を襲えば、経済は破壊され、「グレートリセット」への渇望が広まる。世界政府への依存が高まる。世界的な巨大資本とグローバルエリート達が、ベーシックインカム、統一的なデジタル金融システムなどを提供し、「救いの手」を差し伸べるだろう。完全キャッシュレス化されれば、「お上」の言う通りにしないと経済を回せなくなる。

 

歴史的に帝国は常に「軍事力」と「経済力」で世界を制覇してきた。まさに「力による変更」がまかり通って来たのだ。昔の話ではない、ミャンマーでの軍事政権、あるいは香港で、最近のウクライナで我々は目撃した。世界大の軍事力、経済力、メディア力に誰が逆らえるだろうか・・・近い将来出てくる「獣」に、人は逆らえなくなる。

 

また人々は獣も拝んで言った。「だれがこの獣に比べられるだろうか。だれがこれと戦うことができるだろうか。」 (黙示録13:4)

 

誘惑は常にそこにある。神のようになろうとした「堕天使=サタン」。神のようになろうとした「アダムとエバ」。神のように、天にまで届こうとしたニムロデ。自分の像を拝ませたバビロンのネブカデネザル王。自分を現人神と自称したシリア、セレウコス朝のアンティコス・エピファネス。自分を神としたローマ皇帝達・・・背後にサタンがいる限り、そして人間に罪の性質がある限り、この誘惑は終わらない。「この世」の神は、創造主を忘れさせる。自分たちの力に頼るように煽る。歴史を通して、その誘惑に乗り、国々は「獣化」してきた。今も「獣化」している国もある。やがて、世界大での統一政府に君臨する「獣」(The Beast)が現れることは想像に難くない。

 


ヒューマニズムの視点から見た「聖書」

一部では優生思想が進むだろうが、同時に世俗ヒューマニズムは薄っぺらい「平等主義=ポリコレ」を拡散するだろう。「多様性」、「寛容」を歌い上げる彼らの目から聖書は人権無視のとんでもない本となる。世俗ヒューマニストは言うだろう・・・

 

  旧約聖書の神は「人殺しの神だ。」ノアの洪水、エジプト軍溺死、カナンでの聖絶、反抗するイスラエルの民への裁き。「殺すなかれ」と命じる聖書の神は、平気で人を殺す。罪人だろうと平等の命のはずではないか?!

 

  新約においては、父なる神は子なる神を十字架で殺すことを良しとする。なんと言う「虐待」!子供を見殺しにする神など、子供に教えられない!

 

  「地獄だ」、「裁きだ」などというメンタル的にトラウマになるような思想を子供に教えてはならない。

 

  天国への希望はまやかしであり、自由・平等・解放は今、地上で実現すべき。

 

  「教会では、女は黙ってろ!」と言うパウロの男尊女卑思想は容認できない!

 

  婚前セックス、同性愛を罪とする古い道徳基準は受け入れがたい。プライベートに何やろうと勝手だろう。

 

  創造論やキリストの復活など、非科学的な「神話」を子供に教えるな。

 

  キリストだけが救い主とは何という傲慢。世界の諸宗教を同等に認めるべき。


 

これらの聖書思想は、人類社会進化の過程において邪魔になるもので、抹殺されるべきものだ・・という事になる。

 

一方では人を選別する優生思想を進めながら、一方では安易な平等主義を叫び、「キリスト教」が人権侵害をしていると言うだろう。「多様性=全てが平等、全ての違いを寛容に受け入れよう!」と言いながら、聖書を信じるクリスチャンには猛烈に反対するようになるだろう。

 


クリスチャンとしての立ち位置

クリスチャンとしてのあなたの立ち位置も問われることになる。必要悪として教会の分裂も怒るだろう。終わりの時代にはクリスチャンがポピュラーになることは無い。むしろ、「レムナント=残りの者」の意識を持つことが必要になる。神殺しの時代にも、神は「バアルに膝をかがめない7000人」を残される。

 

特に患難時代には、「キリスト」につくか、「獣」につくか、立ち位置を明らかにすることが求められる。中間は、あり得無くなる。携挙に残されたリベラル神学に立つ信者は、世界統一宗教に飲み込まれていくだろう。そして、世界統一宗教は、患難時代前期に救われるクリスチャンを激しく迫害するようになる。患難時代前でも「不法の秘密」は働いているので、リベラル思想家やリベラルクリスチャンから聖書的クリスチャンは迫害を受けるようになるだろう。

 

終わりの日には困難な時代が来ることを、承知していなさい。

                   (IIテモテ3:1)

 

キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。   

                   (IIテモテ3:12)

 

ヒューマニズム的「道徳的キリスト教」は、聖書の基準よりも、時代の価値観、認識に合わせる「状況倫理」となっていく。「立ち位置」をはっきりするためには、クリスチャンが、聖書的世界観、歴史観をしっかり持つことが重要になる。主にお会いする時が近づいている。み言葉に立ち続ける「決意」が必要になる。

 

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執筆者:栗原一芳

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2022年3月10日木曜日

ハイブリッド戦争

今回のロシアのウクライナ侵攻においては、砲撃戦プラス、サイバー攻撃というハイブリッド戦争となっている。砲撃戦で軍事施設を破壊し、サイバー攻撃で市民のインフラを破壊する。現代的戦争においては、サイバー戦やメディアのコントロールは、ますます大きな要素となってきている。2014年のクリミア併合時、ロシアは軍事侵攻前に大規模なサイバー攻撃を行い、ウクライナ軍の通信をダウンさせてしまった。20176月、「ノットペトヤ」と呼ばれるコンピュータウイルスを使ったサイバー攻撃が、ウクライナの政府機関、銀行、マスコミ、キエフ空港、通信会社、電力会社などを襲った。今年に入って、215日、ウクライナ国防省や軍参謀本部など70近くの政府のウェブサイトが「DDoS攻撃(分散型サービス拒否、ディードス)」と呼ばれる種類のサイバー攻撃を受け、一時ダウンしてしまった。(「DDoS攻撃」とは、対象のサーバーやウェブサイトに大量のデータを送りつけることで過剰な負荷をかけ、ダウンさせてしまう手法を指す。)ウクライナの不安定化とパニックを狙ったものらしい。このように地上戦の前に、サイバー戦がすでに行われていたことが分かる。


ウクライナのミハイロ・フョードロフ副首相兼デジタル変革相は、広告業畑出身のSNSのキーパーソンと言われる。ロシアによりインターネットがダウンさせられても、イーロンマスクに、衛生インターネットの利用を可能にするよう依頼したようだ。これにより、ウクライナの様子が世界に拡散される。これが大きな追い風となって、ロシア軍を手こずらせている。

 

Silent Invasion (静かなる侵略)

侵略はドンパチだけではない。他国に忍び込み、土地を買収したり、教育機関に入り込んだり、政治家を買収したり、静かに味方を作ってゆく侵略の仕方がある。オーストラリアでは中国による、こうした工作に気づいた大学教授クライブ・ハミルトンが「Silent Invasion」という本を書いた。副題は「中国のオーストラリア支配計画」。日本でも、そのような工作は相当進んでいるようだ。

 

国をひっくり返したければ、「メディア」と「教育」を支配することだ。独裁的な共産主義国家では、「思想教育」が常套手段だ。そのためには海外からの反対意見をシャットダウンして、一方的な国内情報を上から流すことだ。今、ロシアでは正に、これが行われている。それ以外の情報を「フェイク」と思わせる。情報コントロールの役割は大きい。サイバー世界でのせめぎ合いが行われている。ハッカー集団「アノニマス」がロシアの国営TVをハックして、政府が流したい情報を遮断したりもしている。

 

香港では、一時、100万人と言われた民主化運動デモも結局、制圧されてしまった。民主化の情報源である新聞社や出版社を取り締まったことが大きい。

香港ではこんなプロセスで反対派を制圧した。

 

  香港内にいる親中派の動員。

  民主派メディアの追放

  国家的「権威」と「力」で反対勢力を抑え込む。逮捕、収監。

  海外を断ち切る。海外と関係を持つ団体を弾圧する。孤立化させ、

反対意見を聞かせない。

 

こうして、50年という約束の「一国二制度」は事実上、破壊された。

 

 

高齢者の情報源はTV/新聞のみ

戦時下においてはメディアの統制は常套手段だ。日本でも、太平洋戦争の時、反戦思想は取り締まられ、「大本営発表」がまかり通った。あの当時は情報源はラジオと新聞しか無かったので統制しやすかったろう。今日でも、インターネットに親しみのない、高齢者の情報源はテレビ、新聞のみとなる。つまり、大手メディアの加工された情報しかアクセスしないので、メディアの良いなりになる危険性がある。「テレビが言ってるから・・」、「NHKが言ってるから・・」、「政府が言ってるから・・」、正しいに決まってるという論理になる。従って、当局にとってはコントロールし易い。一方、インターネット、SNSに親和性がある若い世代は、反対意見にもアクセスできる。ロシアで戦争反対派は圧倒的に若い SNS世代だ。彼らは、世界とつながることができる。自由に世界の情報にアクセスできる、自由に発言できることは重要なことで、それらが制限され始めたら、危機感を持った方がいい。

 

ファクトOr フェイク

ネット上には情報が溢れ、何が真実なのか見極めにくくなっている面もある。先の米国大統領戦でもメディアが2つに割れ、教会の中でさえ意見が2分された。同じような現象が、今日「ワクチン」においても起こっている。

 

今日の戦争は大部分がサイバー戦となる。フェイクニュースや画像を大量に流すだろう。情報は量なので、大量に流され、拡散されれば、フェイクでもまかり通ってしまう危険がある。今回のウクライナ戦でも、敵の攻撃で被災した哀れな女性の写真がアップされば、インパクトは大きい。しかし、それは今回の戦争とは関係ない、数年前のガス爆発の被害者だったりする。それでも「アップした者勝ち」となる。イラク戦争の時、アメリカがフェイク写真でイラクを悪者に仕立て上げていた。最近は写真加工技術が高度化され、ある画像を削除したり、画像を貼り付け、音を勝手に入れたりすることが容易になった。過去に行われた軍事訓練で、ビルの上を飛ぶ飛行機軍の映像に、救急車のサイレンを入れれば、敵機が襲来した戦時下の画像となってしまう。真実を見極めるのが難しくなっている。

 

ライフラインへのサイバー攻撃

サイバー攻撃の一番のターゲットになるのがライフライン。今日、全てが電化、デジタル化される方向にある。オール電化マンションなども登場している。スマート・シティ構想もある。人工知能がインターネットと繋がり自動化、ロボット化されていく。便利ではあるが盲点もある。全ては、インターネットにつながれたコンピューターで制御されるようになる。そうするとサイバー攻撃により、水道、ガス、電気が使えなくなり、さらにATMなど経済面にも影響が出る。街全体がダウンしてしまう可能性もある。原発がサイバー攻撃を受け放射能が漏れれば、大変なことになる。一元化された管理システム(デジタル管理社会)に進むことは止められない。それだけにサイバー攻撃の被害も甚大になる。先日は、トヨタがランサムウエア(身代金要求型テロ)に遭った。日本には原発が54基もある。日本はサイバーテロ対策が出来ているのだろうか?

 

 

サタンの戦略

これを霊的戦いに適応してみよう。同じ事なのだ。敵であるサタンは・・

 

  正しい情報源「聖書」を遮断ないし疑わせ、人々がアクセスしないように仕向ける。

 

  大量の偽りの情報を、メディア、エンターテインメントを通して広める。(無神論、進化論、魔術、LGBTなど)

 

  親サタン派(サタンにつく者)を民衆の中に育てる。すでに多くが反キリスト的になっている。

 

  親サタン派を動員してさらにサタンの領域(教育、文化、メディア、宗教など)を広める。まさに、サタンによるSilent Invasion.

 

  空中の権威を持つ支配者、サタンは空中から彼らをコントロールする。(エペソ2:2)まさにサタンのサイバー攻撃。そして、この地上にサタンの傀儡国家(世界統一政府)を作る。患難期に一時的にこの「獣の王国」が成就する。残念な事に大多数は「獣」に従う。

 

  そのように準備しておいて、実際の砲弾戦は、ハルマゲドンの戦い(黙示録19:19)、あるいは、千年王国後のゴグ・マゴグの戦い(黙示録20:8)で起こる。すでに反キリスト軍が出来上がっている。もちろん勝利者は子羊キリストではあるが・・

 

「闇」と「光」の戦い。「神の国」VS「悪魔の国」という構図を忘れてはならない。この世で起こっている事象の背後には「霊の戦い」がある。サタンは意図的に大量にフェイクニュースを人類の頭脳に吹き込んでいる。この世の情報であなたの頭脳を満たす。聖書を開かせない。開いてもフィルターを付けて真実を見させない。事実、書店の聖書関係の本は、ほとんどはリベラル神学。聖書に興味ある人々をミスリードしている。インターネット上にもキリスト教カルト系の番組が出回っている。混乱を招いている。しっかり、聖書を学んでいないとうっかり騙されてしまう。

 

彼らの場合は、この世の神が、信じない者たちの思いを暗くし、神のかたちであるキリストの栄光に関わる福音の光を、輝かせないようにしているのです。

                   (IIコリント4:4)

 

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。

                  (ヨハネ14:6)

 

あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。

                 (ヨハネ8:32)

 

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執筆者:栗原一芳

Japantmc@gmail.com

 

2022年3月3日木曜日

エロヒームはいつも一緒

 

第一段階:はじめにエロヒーム


始めに神(エロヒーム)が天と地を創造した。実はエロヒーム(エロアの複数形)は創造主の専売特許の名ではない。もちろん、ここでは創造主の意味だが、エロヒーム自体は神、御使を含む超人間的存在、天的存在を意味する。ただ、創世記1:1では父、御子、御霊の三位一体を表す意味で複数形と解釈するのが一般的だ。神が始めから三位一体であるとは、初めから、お互いの間に「愛」と「コミュニケーション」すなわち、「交わり」があったということ。賛否はあるが、小説「神の小屋」に住む、あの家族のイメージをすると分かりやすい。そして、それは「閉じた家族」で終わるのではなく、神はご自身の家族を広げたいのだ。

 

第二段階:御使と神の会議

神は次に御使達を造られた。天地創造の時、御使達は一緒に喜んだ。

 

わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。分かっているなら、告げてみよ。あなたは知っているはずだ。だれがその大きさを定め、だれがその上に測り縄を張ったかを。その台座は何の上にはめ込まれたのか。あるいは、その要の石はだれが据えたのか。明けの星々がともに喜び歌い、神の子たちがみな喜び叫んだときに。(ヨブ38:4−7)

 

つまり、神の家族(あるいはエロヒーム=天の家族)は広がったのだ。

 

ある日、神の子らがやって来て、主の前に立った。サタンもやって来て、彼らの中にいた。(ヨブ1:6—7、2:1)

 

ここは、ヨブについてどうするか、神とサタンを含む御使たちとの会議の様子だ。神は地上のことを決定するのに、エロヒーム(天的存在=御使達)と相談している様子がうかがえる。典型的なのは以下の第一列王22:18−23。アハブ王の対処についての論議の場面。

 

ミカヤは言った。「それゆえ、主のことばを聞きなさい。私は主が御座に着き、天の万軍がその右左に立っているのを見ました。そして、主は言われました。『アハブを惑わして攻め上らせ、ラモテ・ギルアデで倒れさせるのはだれか。』すると、ある者はああしよう、別の者はこうしようと言いました。ひとりの霊が進み出て、主の前に立ち、『この私が彼を惑わします』と言うと、主は彼に『どのようにやるのか』とお尋ねになりました。彼は答えました。『私が出て行って、彼のすべての預言者の口で偽りを言う霊となります。』主は『きっとあなたは惑わすことができる。出て行って、そのとおりにせよ』と言われました。  

 

Dr.マイケル・ハイザーは、これを「神の会議」と呼んでいる。もちろん、全知全能の神はお一人で何でも出来るだろう。しかし、神はご自分のご計画に御使たちを「参与」させたいのだ。至高の天的生き物ケルビム、セラフィムは常に、神の御座近くにいて神に仕えている。神は孤独の神ではなく、エロヒームはいつも一緒なのだ。(黙示録4章)

 

第三段階:人の創造と増殖

神がアダム(人)を造ったとき、「われわれの似姿に造ろう・・」(創世記1:26)と言われた。神が密室で、独り言を言ったのではなく、天的存在者(エロヒーム)に呼びかけて、こう言われたという説もある。そのほうが、「家族」を好む創造主らしい。

 

人はアダムとエバだけではなく、神は人に、増え広がるように命じた。「生めよ、増えよ、地に満ちよ。」(創世記1:28)つまり、家族が広がるように命じたのだ。

 

エデンには「神」も「御使」も、「ヘビ=堕天使」さえも同居していた。この家族は一緒だったのだ。堕落後、天と地に溝ができたが、堕落後も神は人間と関わり続ける。交わりを回復しようとされる。

 

やがて、神は聖霊によってマリアに受胎し、(ローマ1:4)御子イエス・キリストは人となって人間界に現れる。そして、人の間に住まわれた。

 

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。

      (原意は「幕屋を張られた」。)(ヨハネ1:14)

 

神が人となって地に来られたのは、人との和解を完成させ、人を神の家族に迎え入れるためであった。

 

 

第四段階:エクレシア

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。(ヨハネ1:12)

 

今度は信じたものが「神の子供」になっていく。異邦人も信じるなら「神の家族」に加えられる。「神の家族」は拡張する。

 

こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。

                        (エペソ2:19)

 

異邦人が選民と共に「神の家族」となることは旧約時代には隠されていた「奥義」であり、パウロがそれを明らかにした。(エペソ3:6)エクレシア(キリストにある共同体)は、三位一体の拡張家族なのだ。

 

私たちが見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えます。あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父また御子イエス・キリストとの交わりです。  (第一ヨハネ1:3)

 

人となった神(イエス)は、12弟子と同居し、生活を共にされた。いわば、12弟子は、三位一体の神の拡張家族(Extended family)と言える。それどころかイエスは収税人や売春婦とも食事を共にされ、「神の家族」に招き入れようとしていた。通常、憎んでいる者と一緒に食事をすることは苦痛なのだ。(パリサイ人は罪人と食事をしない。)しかし、イエスの食卓には笑顔があふれていた。

 

今のコロナ渦でのSocial Distanceは致命的だ。会って、話して、食べて、笑って、分かち合いって・・それがエクレシア(神の家族)の本質であり、人間が本来の人間になる道なのだ。「食事をするところから始めよう!」いいフレーズだ。しかし、今日、それが難しくなってきている。

 

「40年ほど前、私が牧師になった頃は、ほとんどのことは善い悪いというモラルで判断できました。しかし、今、人間の魂に向き合っていると、いたるところで病んで呻いている傷に出会い、『何もいらないから、一緒にご飯を食べるところからやり直そうよ』と言わざるを得ない現実を見せつけられます。ところが、教会という制度や組織が整えば、整うほどにに、ますますそれが困難になるのです。」

          (「神の国を生きる」後藤敏夫 いのちのことば社)

 

歴史を通して教会が制度化し、権力化した時、神は「神の家族」としてのオーガニックチャーチの群れを起こされた。それは脈々と生き続けてきた。(これに関しては上記の本を参照ください。)

              

第五段階:天と地が完全に重なる新天新地

復活の時には人はめとることも嫁ぐこともなく、天の御使いたちのようです。

                                                                      (マタイ22:30)

 

今度は人間が御使(天的存在=エロヒーム)のようになる。「天の幕屋」を着る。事実、黙示録4−5章を見ると、天の住民のリストは・・

 

  神(4:2、4:5、5:7)

  24人の長老=贖われたクリスチャンたち

*5:9で「あなたの血によって『人々』を神のために贖い」(新改訳2017版)とあるが、NKJVを含む多くの翻訳では”us”となっており、24人の長老が「私たちを贖い」と言っていることになり、従って24人の長老は贖われた人々=教会という解釈になる。

  4つの天的な生き物(4:6−8)

  多くの御使たち(5:11)

 

つまり、キリストの十字架・復活・昇天、からキリストの地上再臨までの間、天においては、以上の「存在」が同居していることになる。我々クリスチャンも神の家族、天の同居人、エロヒームの仲間となるということだ。

 

エクレシアは、今キリストの「花嫁」だが、やがて子羊の婚姻(黙示19:7)を経て、子羊の「妻」となる。(黙示録21:9)新天新地では、もはや呪われるものはなく(黙示22:3)、エロヒームと人間は共に住む。いや、我々がエロヒーム(天的存在)になると言ってもいい。

 

見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。」(黙示録21:3)

 

そこでは、神の御顔を仰ぎ見ることさえ許される。(黙示録22:4)それほど親しい距離感となる。もはや天と地を遮るものが無い!天と地は完全に重なる。ついに、御国=「神」と「御使」、「神の民」の同居するところ=「神の拡張家族」が完成する。

 

エロヒーム(神の家族)はいつも一緒!

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おすすめ本

Supernatural~超自然の世界」マイケル ハイザー著

 

聖書プロジェクトyoutube動画 「エロヒーム」

https://www.youtube.com/watch?v=U5iyUik97Lg

 

「神の国を生きる」後藤敏夫 いのちのことば社


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執筆者:栗原一芳

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