2011年7月17日日曜日

「ニューエイジ」(2)


ニューエイジ世界観のポイントをまとめてみよう。

1.自分が第一のリアリティ。キリスト教的有神論では、人格的な創造主がリアリティ。自然主義では物質的な宇宙・自然がリアリティ。ニューエイジにおいては自分の魂こそがリアリティ。ヒンズーのAtman is Brahmanを読み替えて、個々の魂こそが、普遍の神であるとなる。自分の意識が大事。外の世界は自分の意識によって操作されうる。自己こそが宇宙の王。この絶対的主観主義により、外からの批判が為され得ない。

2.自己の中で統一される、この「世界—Cosmos」は2つの次元で表される。一つは通常の意識によって感知される目に見える宇宙。もう一つは変性意識によって到達する見えない宇宙(Mind at Large)。見える宇宙は自然法則によって発見され、見えない宇宙(Universal Mind)はドラッグや瞑想などで知覚の扉を開く事で到達する。

3.ニューエイジの中心は宇宙意識(Cosmic Consciousness) 体験。そこでは時間、空間、道徳の概念が消し去られる。自分が信じるが如くにある世界。この宇宙意識は「時間を越えた喜び」「より高い意識」仏教的には「涅槃」や「悟り」「変性意識」などとも呼ばれる。そこでは善悪の区別さえないようだ。しかし、そこへの旅は危険も伴う。ドラッグ体験で「行きすぎて」地獄を見たり、悪魔を見たりすることもあり、初心者は特に、霊的ガイドの必要性があるという。しかし、自分が「神」なら、どうして導いてくれるガイドが必要なのだろうか?どうして自分の意識で「天国」を作り出せないのか、地獄を抹殺できないのか?どう考えても自分以外の霊にコントロールされているということではないのか?

4.肉体的な死は自己の終わりではない。宇宙意識とつながることで、死の恐れは消える。ならば、どうして地獄や悪魔を恐れるのか?

5.変性意識の産物に関しての3つの立場

1)1)ドラッグ体験などで見る霊的存在は、自分の意識の外側に実際に存在するとするオカルト的立場。そうすると自分=神、以外に自分をおびやかす、あるいは導く「存在」があることになる。自分がすべてではなかったのか?

  2)それらは自己の意識の投射であるとする心理的立場。その意識する自分を作ったのは誰かという問題が残る。
3)
  3)概念的相対主義の立場。宇宙意識は通常以外の方法でリアリティを表す方法の1つで、どれがより真実とは言えない。本当にそうだろうか?指にマッチで火をつけてみればすぐわかる。それを幻想というのか?善悪の区別、現実、幻想の区別を無くする事は現実の我々の体験にそぐわないのではないか?

日 日本でスピリチュアルという時、大方、ニューエイジ的であることに注意すべきだろう。60−70年代のマルクス主義唯物思想が日本の大学を覆っていたのとは対照的に、今日キャンパスでは「目に見えない霊的世界」を信じる学生が増えている。神なきスピリチュアルな時代。女性の間では星占いも流行っている。子供達が夢中になっているビデオゲームや映画にも自己の超能力で世界を変える式なものが多い。これらの背後にニューエイジ思想があるのを見逃せない。
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