2022年10月20日木曜日

求めている人はいる!


コロナを超えて 

週一度くらいのペースで路傍伝道(路傍伝道ネットワーク主催)に参加し、聖書配布をしています。確かに、無関心の人は多いです。受けとる人の霊的土壌によって反応が違うことは、聖書が語っている通りです。(マタイ13:1−8)これは教会時代の現実です。しかし、統一教会が問題になっている最中であることを考えると、意外と、好意的な感じを受けています。基本、路上コンサートで、絶え間なく賛美が流れているので、駅前が聖なる空間、癒しの空間になります。霊的戦いの最前線に賛美を置くことは、聖書が語る勝利の原則です。(歴代誌20:19−22)コロナやウクライナ戦争の中、人々は「安らぎ」や「希望」を求めているだと思います。それを肌で感じられます。かつてパスカルは「人の心には神の形をした空洞がある。それは神にしか満たすことができない空洞だ。」と言ったそうですが、その通りですね。

 

「聖霊様、霊的飢え渇きを造ってください!」と祈りながら聖書を配布します。

 

聖書を受け取る人はいる!

猛暑の中、御茶ノ水駅前で、2時間配って、たった4冊という厳しい時もありました。通常は、1時間半〜2時間で15冊くらい配布できます。(私の個人的なケースで、もっと配れる人もいます。)「イエス様はあなたを愛しています!」とマスク越しに語りながら配布することもあります。路上で目の前を通過する人々を見ていると、イエス様のお心を実感します。じ〜んと胸が熱くなるのです。

 

また、群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、

弱り果てて倒れていたからである。     (マタイ9:36)

 

中には自ら近寄ってきて聖書を受け取る人もいます。先日、おばあちゃんが受け取った後、「お幾らですか?」と聞いてきましたので、「無料です」と答えると驚いていました。「イエス・キリストはあなたを愛しています。イエス様を信じて天国行きましょう!」と言うと、頷いて去って行かれました。一期一会と言う言葉がありますが、その通りです。この時でなければ、出会えない人がいるのです。このおばあちゃんも、いつまで地上にいらっしゃるか分かりませんが、今日の出会い、今日の会話を「死の床」で思い出して頂けると嬉しいです。

 

受け取って下さる人はいるのです!先日、中野では若い男性達がよく受け取ってくれました。特に中高生が受け取ってくれると嬉しいです。自分は聖書ではありませんでしたが、高校2年の時、巣鴨駅前で配布されていた「Hi-BAキャンプ」の案内パンフを受け取ったことがきっかけで、キャンプに参加し、救われたのです。その1枚のトラクト、1冊の聖書も無駄ではありません。それがきっかけで救いに導かれるかもしれません。

 

数名でも「いのちのみ言葉」を受け取ってもらえれば、やり甲斐があるのです。

 

求めている人はいる!

路傍伝道の醍醐味は路上で会った人に個人伝道できるということです。先日、川口駅前で聖書配布していると、ご婦人がクリスチャンyoutuberの方の名前を出して、「〇〇さん、知ってますか?」と聞いてきました。「ああ、知ってますよ。」と答えると、笑顔になって会話が始まりました。「その方の教会に行ってみたい。」と言うのです。「クリスチャンですか?」と聞くと「自分は無宗教だけど、霊的なものを感じる方なので、神道系にいくか、キリスト系にいくか、いろいろ考えている・・」と明かされました。また「自分は歳とともに西洋かぶれではなく、日本のものを尊重したいと。」言われました。

 

それで、私は「創世記1:1に『はじめに神が天と地を創造した』とあり、神はキリスト教徒を作ったのでも、仏教徒を作ったのでもない、神は人を造ったのです。」と語らせて頂きました。そう、西洋も日本もない、聖書は神と人の話なのですから。それから初代教会のシンプルな信仰がローマ皇帝コンスタンティンによって儀式化、形骸化、権力化して「宗教」になってしまった事を説明しました。グローバルエリートの世界支配の話まで出たので、終末には「反キリスト」と呼ばれる独裁者が世界をデジタル管理するようになることを伝え、「黙示録に書いてあるので、呼んでください」と聖書を手渡しました。

 

また、ご婦人は「祈りは本当に聞かれるんですか?」と聞いてくるので、「はい、もちろん、でも創造主に通じる電話番号はイエス・キリストです。」とお答えしました。そして、第一コリント15:1〜5の福音の3要素(「イエスの十字架の贖いの死」と「埋葬」と「復活」)を語り、「イエス様は救い主です。信じるものは救われます。イエス様を信じてください。」とお話ししてお別れしました。その場では信じませんでしたが、笑顔で去って行きました。きっと手渡した聖書を読んで頂けると思います。

 

「しかし、良い地に落ちたものとは、こういう人たちのことです。

    彼らは立派な良い心で、みことばを聞いて、それをしっかり守り、

    忍耐して実を結びます。」        (ルカ8:15)


 

出て行って福音を伝える

私達は隠し立てしません。「はい、キリスト教です。伝道しています。聖書配布しています。」と立場を鮮明にしているのです。街中に出て行って大胆に、明瞭に「伝道」していると、求めている人は、向こうから話しかけてくるのです。

 

実際、路上で福音を個人的に語るチャンスが、何度かありました。毎回、チームの誰かが、このような体験をします。神がこのようなチャンスを下さるのです。福音のために、大胆に出て行く人に報いてくださるのです。「求めている人」に出会わせてくださるのです。今、必要なのは忠実に福音の種を撒き続けることなのです。

 

「ですからあなたがたは、行ってあらゆる国の人々を弟子としなさい。」

  Go therefore and make disciples of all nations.

                       (マタイ28:19)

 

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執筆者:栗原一芳

Japantmc@gmail.com

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